小さいアルバム
作者:太宰治 約13分で読めます
せっかくおいで下さいましたのに、何もおかまい出来ず、お気の毒に存じます。文学論も、もう、あきました。なんの事はない、他人の悪口を言うだけの事じゃありませんか。文学も、いやになりました。こんな言いかたは、どうでしょう。「かれは、文学がきらいな余りに文士になった。」 本当ですよ。もともと戦いを好まぬ国民が、いまは忍ぶべからずと立ち上った時、こいつは強い。向うところ敵なしじゃないか。君たちも、も少し、文学ぎらいになったらどうだね。真に新しいものは、そんなところから生れて来るのですよ。 まあ私の文学論は、それだけで、あとは、鳴かぬ蛍、沈黙の海軍というところです。 どうも、せっかく遊びにおいで下さったのに、こんなに何も、あいそが無くては、私のほうでしょげてしまいます。お酒でもあるといいんだけど、二、三日前に配給されたお酒は、もう、その日のうちに飲んでしまって、まことに生憎でした。どこかへ飲みに出たいものですね。ところが、これも生憎で、あははは、――無いんだ。今月はお金を使いすぎて、蟄居の形なのです。本を売ってまで飲みたくはないし、まあ、がまんして、お茶でも飲んで、今夜これからどうして遊ぶか、ゆっくり考えてみましょうか。 君は遊びに来たのでしょう? どこへ行っても軽蔑されるし、懐中も心細いし、Dのところへでも行ったら、あるいは気が晴れるかも知れん、と思ってやって来たのでしょう? 光栄な事だ。そんなに、たよりにされて、何一つ期待に添わぬというのも、むごい話だ。 よろしい。今夜は一つ、私のアルバムをお見せしましょう。面白い写真も、あるかも知れない。お客の接待にアルバムを出すというのは、こいつあ、よっぽど情熱の無い証拠なのだ。いい加減にあしらって、ていよく追い帰そうとしている時に、この、アルバムというやつが出るものだ。注意し給え。怒っちゃいけない。私の場合は、そうじゃないんだ。今夜は、生憎お酒も無ければ、お金も無い。文学論も、いやだ。けれども君を、このままむなしく帰らせるのも心苦しくて、謂わば、窮余の一策として、こんな貧弱なアルバムを持ち出したというわけだ。元来、私は、自分の写真などを、人に見せるのは、実に、いや味な事だと思っている。失敬な事だ。よほど親しい間柄の人にでもなければ、見せるものではない。男が、いいとしをして、みっともない。私は、どうも、写真そのものに、どだい
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房
入力:柴田卓治 校正:夏海
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card237.html)