恥

作者:太宰治 約13分で読めます

恥を縦書きで読む(Textfall)

菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。サムエル後書にありました。「タマル、灰を其の首に蒙り、着たる振袖を裂き、手を首にのせて、呼わりつつ去ゆけり」可愛そうな妹タマル。わかい女は、恥ずかしくてどうにもならなくなった時には、本当に頭から灰でもかぶって泣いてみたい気持になるわねえ。タマルの気持がわかります。  菊子さん。やっぱり、あなたのおっしゃったとおりだったわ。小説家なんて、人の屑よ。いいえ、鬼です。ひどいんです。私は、大恥かいちゃった。菊子さん。私は今まであなたに秘密にしていたけれど、小説家の戸田さんに、こっそり手紙を出していたのよ。そうしてとうとう一度お目にかかって大恥かいてしまいました。つまらない。  はじめから、ぜんぶお話申しましょう。九月のはじめ、私は戸田さんへ、こんな手紙を差し上げました。たいへん気取って書いたのです。 「ごめん下さい。非常識と知りつつ、お手紙をしたためます。おそらく貴下の小説には、女の読者がひとりも無かった事と存じます。女は、広告のさかんな本ばかりを読むのです。女には、自分の好みがありません。人が読むから、私も読もうという虚栄みたいなもので読んでいるのです。物知り振っている人を、矢鱈に尊敬いたします。つまらぬ理窟を買いかぶります。貴下は、失礼ながら、理窟をちっとも知らない。学問も無いようです。貴下の小説を私は、去年の夏から読みはじめて、ほとんど全部を読んでしまったつもりでございます。それで、貴下にお逢いする迄もなく、貴下の身辺の事情、容貌、風采、ことごとくを存じて居ります。貴下に女の読者がひとりも無いのは、確定的の事だと思いました。貴下は御自分の貧寒の事や、吝嗇の事や、さもしい夫婦喧嘩、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、蛸の脚なんかを齧って焼酎を飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ、その他たくさん不名誉な、きたならしい事ばかり、少しも飾らずに告白なさいます。あれでは、いけません。女は、本能として、清潔を尊びます。貴下の小説を読んで、ちょっと貴下をお気の毒とは思っても、頭のてっぺんが禿げて来たとか、歯がぼろぼろに欠けて来たとか書いてあるのを読みますと、やっぱり、余りひどくて、苦笑してしま

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底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房
入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card262.html)