おきなぐさ
作者:宮沢賢治 約6分で読めます
うずのしゅげを知っていますか。 うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます。 そんならうずのしゅげとはなんのことかと言われても私にはわかったようなまたわからないような気がします。 それはたとえば私どもの方で、ねこやなぎの花芽をべんべろと言いますが、そのべんべろがなんのことかわかったようなわからないような気がするのと全くおなじです。とにかくべんべろという語のひびきの中に、あの柳の花芽の銀びろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光のぐあいが実にはっきり出ているように、うずのしゅげというときは、あの毛茛科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます。 まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち、このうずのしゅげの花をきらいなものはありません。 ごらんなさい。この花は黒朱子ででもこしらえた変わり型のコップのように見えますが、その黒いのは、たとえば葡萄酒が黒く見えると同じです。この花の下を始終往ったり来たりする蟻に私はたずねます。 「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」 蟻は活発に答えます。 「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」 「けれどもあの花はまっ黒だよ」 「いいえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もあります」 「はてな、お前たちの眼にはそんなぐあいに見えるのかい」 「いいえ、お日さまの光の降る時なら誰にだってまっ赤に見えるだろうと思います」 「そうそう。もうわかったよ。お前たちはいつでも花をすかして見るのだから」 「そしてあの葉や茎だって立派でしょう。やわらかな銀の糸が植えてあるようでしょう。私たちの仲間では誰かが病気にかかったときはあの糸をほんのすこうしもらって来てしずかにからだをさすってやります」 「そうかい。それで、結局、お前たちはうずのしゅげは大すきなんだろう」 「そうです」 「よろしい。さよなら。気をつけておいで」 この通りです。 また向こうの、黒いひのきの森の中のあき地に山男がいます。山男はお日さまに向いて倒れた木に腰掛けて何か鳥を引き裂いてたべようとしているらしいのですが、なぜあの
底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店
入力:薦田佳子 校正:平野彩子
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card1085.html)