とっこべとら子

作者:宮沢賢治 約7分で読めます

とっこべとら子を縦書きで読む(Textfall)

おとら狐のはなしは、どなたもよくご存じでしょう。おとら狐にも、いろいろあったのでしょうか、私の知っているのは、「とっこべ、とら子」というのです。 「とっこべ」というのは名字でしょうか。「とら」というのは名前ですかね。そうすると、名字がさまざまで、名前がみんな「とら」という狐が、あちこちに住んでいたのでしょうか。  さて、むかし、とっこべとら子は大きな川の岸に住んでいて、夜、網打ちに行った人から魚を盗ったり、買物をして町から遅く帰る人から油揚げを取りかえしたり、実に始末におえないものだったそうです。  慾ふかのじいさんが、ある晩ひどく酔っぱらって、町から帰って来る途中、その川岸を通りますと、ピカピカした金らんの上下の立派なさむらいに会いました。じいさんは、ていねいにおじぎをして行き過ぎようとしましたら、さむらいがピタリととまって、ちょっとそらを見上げて、それからあごを引いて、六平を呼び留めました。秋の十五夜でした。 「あいや、しばらく待て。そちは何と申す」 「へいへい。私は六平と申します」 「六平とな。そちは金貸しを業と致しおるな」 「へいへい。御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」 「いやいや、拙者が借りようと申すのではない。どうじゃ。金貸しは面白かろう」 「へい、御冗談、へいへい。御意の通りで」 「拙者に少しく不用の金子がある。それに遠国に参る所じゃ。預かっておいてもらえまいか。もっとも拙者も数々敵を持つ身じゃ。万一途中相果てたなれば、金子はそのままそちに遣わす。どうじゃ」 「へい。それはきっとお預かりいたしまするでございます」 「左様か。あいや。金子はこれにじゃ。そち自ら蓋を開いて一応改めくれい。エイヤ。はい。ヤッ」さむらいはふところから白いたすきを取り出して、たちまち十字にたすきをかけ、ごわりと袴のもも立ちを取り、とんとんとんと土手の方へ走りましたが、ちょっとかがんで土手のかげから、千両ばこを一つ持って参りました。  ははあ、こいつはきっと泥棒だ、そうでなければにせ金使い、しかし何でもかまわない、万一途中相果てたなれば、金はごろりとこっちのものと、六平はひとりで考えて、それからほくほくするのを無理にかくして申しました。 「へい。へい。よろしゅうござります。御意の通り一応お改めいたしますでござります」  蓋を開くと中に小判が一

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底本:「風の又三郎」角川文庫、角川書店
入力:土屋隆 校正:noriko saito
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card1936.html)