部屋

作者:宮本百合子 約8分で読めます

部屋を縦書きで読む(Textfall)

一

二階受持のさをが、障子の陰から半分顔を出し、小さい声で囁いた。 「一寸、百代さん、来て御覧なさい」  机に向って宿題をしていた百代は、子供らしく下からさをを見上げた。 「なあに」  さをは、障子紙に銀杏返しの鬢を擦る程首を廻して玄関の方へ気を配りながら繰返した。 「――まあ来て御覧なさい」 「どうしたの、何か来たの?」  さをは電話室の傍迄百代をつれて来ると、前に立っている彼女の肩を押え、 「ここから見て御覧なさい」 と体を電話室の裏にかくさせた。そこは、二階へ登る階子段下で、一目に玄関の全景が見える場所であった。百代は、後に立っているさをの袂を確り捉えながら、そーっと広い三和土の方を覘った。と、彼女は急に息をつめたような表情をして、くるりとさをの方へ振向いた。 「――鈴木じゃない?」 「――そうでしょう? どうもそうらしいと思ったんですよ。私も。…………」  二人は改めて頭を重ね、熱心に玄関を覗いた。覗きながら、百代は訊いた。 「――家へ来るのかしら」 「西洋人の方らしゅうござんすよ」  玄関では両親が出て応待していた。百代が来たときは、もう大体話は出来たらしく、どっちが何と云ったのか、母親のいねが、膝をついている太った肩を揺すりあげて、 「まあ、面白いことをおっしゃるんですね」 と愉快そうに高笑いしているところであった。 「――じゃあ何です――お部屋を御覧願いましょうか」  母親が後を向き、いきなり大きな声で、 「おさをど――ん」 と呼んだので百代は、ぎょっとして首をちぢめた。さをは余り近くにいたのと不意なのとで、直ぐに返事が出ないらしかった。 「いないのかい、おさをどん」  百代は、あわててさをを小づいた。自然に、 「は――い」 という返事をしそびれたさをは、照れた、ばつの悪い風でのっそり出て行った。 「何だよ返事もしないでさ――八番、いいね」 「はあ」  百代はさをのその様子がおかしく、くすりとふき出しながら踵でくるりと一廻りした。が強い好奇心が忽ち彼女を静にさせた。春外套を片腕に軽くかけた鈴木に違いない男と湯上りのような顔をした体躯の太ったエルマンのような西洋人が並んで、彼女の隠れているすぐ頭の上の階子を登り始めた。百代は跫音が遠くなるにつれそろそろ板敷の方へ出て、後姿を見上げた。登りきった踊場のところで、母親がひょいと振返って下に

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底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:原田頌子
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card1961.html)