だるまや百貨店
作者:宮本百合子 約9分で読めます
一
炉ばたのゴザのこっち側で、たけをが箱膳を膝の前に据え、古漬けの香のもので麦七分の飯をかっこんでいる。 あっち側のゴザの上にはまま母のトラが、帯なし袷せを前垂れで締めた小柄な姿を外の明るい方へねじむけて、口じゅうじじむさい泡だらけにしながらおはぐろをつけている。年は三十そこそこだのに銀杏がえしに結び、昔風におはぐろをつけるのであった。 たけをは炉の自在にかかっている鍋からゆっくり三膳目をよそいながら、裸石じきの流し場へ裸足で立って、しきりに唾をはいているまま母にきいた。 「みんなるすの?」 「おいさ。おじいさまはおじゅっさん(お住持さんという意味)へおいきなし、新は須田へいて貰うた」 「ふーん」 トラは自分より学問もあり、稼ぎもしている年かさのまま娘には何かにつけて遠慮し、よその人に向ってたけをさんと呼び、うちでは姉ちゃんと呼んだ。 たけをが箱膳をしまうと、トラは内気らしく、 「どら……」 と呟きながら、切戸のよこに据えた機へのぼった。 「きんのうのう、もう上ったのけ?」 「あいさ……早うせんことにゃ……納めものと講のかけ金で、頭痛してござるわな」 カッシャン、カッシャン。トラはおはぐろをつけた反歯を見せ、口をあけぱなしにしたような表情で仕事に熱中しはじめた。四年前の恐慌からこの町だけでも相当な機屋が片はじから倒産し、機械をとめている。広幅ものの輸出羽二重や人絹を織っていたこの山陰地方の町の機屋は、直接アメリカの恐慌の打撃を蒙ったのであった。近頃では、大勢織子をつかっていたような機屋がつぶれる代りに、腐れかかったような家がガラスをはめた窓を一つ切って、その下に借りものの機を据えつけ、カッシャン、カッシャンとやりはじめた。そんな家が部落の内でさえ二三軒ある。機屋は工場をひらいていたのでは立ちゆかないので、織子をつかうより安上りな農家の神さんや娘の内職として少しずつ下うけさせるのであった。織子なら日給だが、そうして内職におろせば出来上った反当りで手間を支払い、しかもそれを機の貸し賃で小ぎった。村で現金はそんな手間働きでもしなければ見られない。たけをのうちでも、トラはそれでどうやらバラ銭を握るのであった。現金と云ったらそれとたけをがうちへ入れている十五円足らずが一家の収入の全部だ。 たけをは、 「どっこいしょ」 と立って四月の昼間でも暗い
底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:松永正敏
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card1985.html)