突堤

作者:宮本百合子 約12分で読めます

突堤を縦書きで読む(Textfall)

炎天の下で青桐の葉が黝んで見えるほど暑気のきびしい或る夏の単調な午後、格子の内と外の板廊下にいる者とが見えないところでこんな話をしている。 「どうしたんだか、まだ写真を送ってよこさないんだがね」 「江の島で撮ったんですか」 「ああ、子供ら五人ズラッとハア並べちゃってね。わしと女房と撮ったが――どうしたもんだか……」 「いくらでした?」 「三枚で一円さ」 「――普通は二週間は待ってやらなくちゃね。所書分っているんでしょう?」 「あア、ちゃんと受取の帳面があんでしょ? あれに書いていたったがね」 「受取を持ってりゃ大丈夫ですよ」 「それがよウ、どうしたことか家さ帰って、なんぼ見ても、どこさ放ろったもんか見当らないから困ってよ」 「そりゃ困った。まさか騙すってこともないだろうが」 「ふーむ」

声のなかに響いている東北の訛が私に、広くて黒びかりのしていた台所の涼しい板の間を思い浮ばせた。  小学校が夏休みになると、子供らの中で私一人が田舎のおばあさんのところへ出かけた。東北に向って行く汽車は、その時分黒くて小さかった。私は袴をはいて窓際に腰かける。汽車は一つ一つの駅にガッタンととまり、三分、又五分と停車しながら次第に東京を離れて東北の山野の中へ入って行くのであったが、私にとってこの八時間の旅は、暑いのと、開けた車窓から石炭がらが目に入るのと、弁当を買わなければならないという亢奮事のため、独特の印象をもっていた。構内の空地に生木の匂いの高い木材が柵の遠くの方まで積み重ねられ、そこへカッと斜陽が照りつけ、松林では蝉が鳴きしきっているような午後の人気ない停車場などで、汽車は長い間とまった。そして、蒸気の音ばかりさせる。  私は居眠りをした。暑くてたまらなくなると、窓から氷を買ってハンケチに包み、それをハンケチの上から吸った。そのハンケチも、汗と煤とで、郡山へ着くまでには真黒であった。  一ヵ月ほどおばあさんのところで暮すと、私の言葉には田舎の尻上りな調子が、すっかりうつった。東京へかえるときには、きまって枝豆と玉蜀黍を入れた重い縞の風呂敷包みを持たされた。その風呂敷包みを蹴込みに入れ、私をのせた俥が桑畑の間の草道をまわって埃っぽい街道の上へ現れる。すると、私はいくら首を捩ってももうこれ以上後は向かれないところへ行くまで、右手の小高い丘に向って、朝日を受けている俥の上から手を

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底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:原田頌子
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card1992.html)