風に乗って来るコロポックル

作者:宮本百合子 約31分で読めます

風に乗って来るコロポックルを縦書きで読む(Textfall)

一

彼の名は、イレンカトム、という。  公平な裁きてという意味で、昔から部落でも相当に権威ある者の子に付けられる種類の名である。  従って、彼はこの名を貰うと同時に、世襲の少なからぬ財産も遺された。  そして、彼の努力によって僅かでも殖やしたそれ等の財産を、次の代の者達に間違いなく伝えることが、彼の責任であった。  混りっけのない純粋なアイヌであるイレンカトムは、祖先以来の習慣に対して、何の不調和も感じる事はない。  彼は自分に負わされた責任に対して、従順以外の何物をも持たなかったのである。  けれども、不仕合わせに、イレンカトムには一人も子供がなかった。  心配しながら家婦も死んで、たった独りで、相当な年に成った彼は、そろそろ気が揉め出した。祖先から伝わった財産を、自分の代でめちゃめちゃにでもしようものなら、詫びる言葉もない不面目である。  自分がいざ死のうというときに、曾祖父、祖父、父と、護りに護って来た財物を譲るべき手がないという考えがイレンカトムを、一年一年と苦しめ始めた。  そこで彼はいろいろと考えた。  そして考えた末、誰でもがする通り、手蔓を手頼って、或る内地人の男の子を貰った。  何でも祖父の代までは由緒ある武士であったという話と、頭こそクサだらけだが、なかなか丈夫そうな体付きと素速しこい眼付きが、イレンカトムの心を引いた。  その時、ようよう六つばかりだったその子は、お粥鍋を裏返しに被ったような頭の下に、こればかりは見事な眼を光らせて、涙もこぼさずに、ひどく年を取った新らしい父親に連れられて来た。  今まで、話相手もなくて、大きな炉辺にポツネンと、昼も夜もたった一匹の黒犬の顔ばかり見ていなければならなかったイレンカトムにとって、この小さい一員は、完くの光明である。  彼は、もう一生、自分の傍で自分のために生存してくれるはずの一人の子供を、確かりと「俺がな童」にした事によって、すっかり希望が出来たように見えた。  火に掛けた小鍋で、黄棟樹の皮を煎じては、その豊坊のクサをたでてやりながら、昔譚をしたり、古謡を唱って聞せたりする。  大きな根っこから、ユラユラと立ち上る焔に、顔の半面を赤く輝やかせながら、笑ったり、唱ったりする大小の影が、ちょうど後の荒壁に、入道坊主のように写る。  それを見付けた黒が、唸る。  すると、豊坊がワイワイ

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底本:「宮本百合子全集 第一巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:原田頌子
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2032.html)