球根
作者:寺田寅彦 約12分で読めます
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡に見覚えもなかった。紙包みを破って見ると、まだ新しい黄木綿の袋が出て来た。中にはどんぐりか椎の実でもはいっているような触感があった。袋の口をあけてのぞいて見ると実際それくらいの大きさの何かの球根らしいものがいっぱいはいっている。一握り取り出して包み紙の上に並べて点検しながらも、これはなんだろうと考えていた。 里芋の子のような肌合をしていたが、形はそれよりはもっと細長くとがっている。そして細かい棕櫚の毛で編んだ帽子とでもいったようなものをかぶっている。指でつまむとその帽子がそのままですぽりと脱け落ちた。芋の横腹から突き出した子芋をつけているのもたくさんあった。 子供らが見つけてやって来ていじり回した。一つ一つ「帽子」を脱ぎ取って縁側へ並べたり子芋の突起を鼻に見立てて真書き筆でキューピーの顔をかき上げるものもあった。 何か西洋草花の球根だろうと思ったが、なんだかまるで見当がつかなかった。彼はわざわざそれを持って台所で何かしている細君に見せに行ったが、そういう物にはさっぱり興味のない細君はろくによく見る事もしないで、「存じません」と言ったきり相手になってくれなかった。老母も奥の隠居部屋から出て来て、めがねでたんねんに検査してはいたが、結局だれにもなんだかわからなかった。 「ひょっとしたら私の病気にでもきくというのでだれかが送ってくれたのじゃないかしら、煎じてでも飲めというのじゃないかしら」こんな事も考えてみたりした。長い頑固な病気を持てあましている堅吉は、自分の身辺に起こるあらゆる出来事を知らず知らず自分の病気と関係させて考えるような習慣が生じていた。天性からも、また隠遁的な学者としての生活からも、元来イーゴイストである彼の小自我は、その上におおっている青白い病のヴェールを通して世界を見ていた。 もっとも彼がこう思ったのはもう一つの理由があった。大学の二年から三年に移った夏休みに、呼吸器の病気を発見したために、まる一年休学して郷里の海岸に遊んでいたころ、その病気によくきくと言ってある親戚から笹百合というものの球根を送ってくれた事があった。それを
底本:「寺田寅彦随筆集 第一巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:田辺浩昭 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2333.html)