怪異考

作者:寺田寅彦 約11分で読めます

怪異考を縦書きで読む(Textfall)

物理学の学徒としての自分は、日常普通に身辺に起こる自然現象に不思議を感ずる事は多いが、古来のいわゆる「怪異」なるものの存在を信ずることはできない。しかし昔からわれわれの祖先が多くの「怪異」に遭遇しそれを「目撃」して来たという人事的現象としての「事実」を否定するものではない。われわれの役目はただそれらの怪異現象の記録を現代科学上の語彙を借りて翻訳するだけの事でなければならない。この仕事はしかしはなはだ困難なものである。錯覚や誇張さらに転訛のレンズによってはなはだしくゆがめられた影像からその本体を言い当てなければならない。それを的確に成効しうるためにはそのレンズに関する方則を正確に知らなければならない、のみならず、またその個々の場合における決定条件として多様の因子を逐一に明らかにしなければならない。この前者の方則については心理学のほうから若干の根拠は供給されるとしても、後者に関する資料はほとんどすべての場合において永久に失われている。従ってほんとうに科学的な推定を下すということはほとんど望み難いことである。ただできうる唯一の方法としては、有るだけの材料から、科学的に合理的な一つの「可能性」を指摘するに過ぎない。もっともこの可能性が非常に多様であれば、その中の二三を指摘してみても、それは結局なんらの価値もない漫談となってしまうであろうが、多くの場合に必ずしもそうとは限らない。ことにある一種の怪異に関する記録が豊富にあればあるほど、この可能性の範囲はかなりまで押しせばめられる。従ってやや「もっともらしい仮説」というまでには漕ぎつけられる見込みがあるのである。そこまで行けば、それはともかくも一つの仮説として存在する価値を認めなければならず、また実際科学者たちにある暗示を提供するだけの効果をもつ事も有りうるであろうと思われる。  そういう意味で自分が従来多少興味をもっている怪異が若干ある。しかしこれを正当に研究するためにまず少なくも一通りは関係文献を古書の中から拾い集めてかかる必要がある。それは到底今の自分には急にできそうもない。それかと言っていつになったらそれができるという確かな見込みも立たない。  それで、ただここにはほんの一つの空想、ただし多少科学的の考察に基づいた空想あるいは「小説」を備忘録として書き留めておく。もしこれらの問題に興味をもつほんとうの考証家があればあり

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底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:(株)モモ 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2344.html)