自然界の縞模様
作者:寺田寅彦 約19分で読めます
ここでかりに「縞模様」と名づけたのは、空間的にある週期性をもって排列された肉眼に可視的な物質的形象を引っくるめた意味での periodic pattern の義である。こういう意味ではいわゆる定常波もこの中に含まれてもいいわけであるが、この動的なそうしてすでによく知られて研究し尽くされた波形はしばらく別物として取り除いて、ここではそれ以外の natural, statically(1) periodic patterns とでも名づくべきものを広くいろいろな方面にわたって列挙してみたいと思う。これらの現象の多くのものは、現在の物理的科学の領域では、その中でのきわめて辺鄙な片田舎の一隅に押しやられて、ほとんど顧みる人もないような種類のものであるが、それだけにまた、将来どうして重要な研究題目とならないとも限らないという可能性を伏蔵しているものである。今までに顧みられなかったわけは、単に、今までの古典的精密科学の方法を適用するのに都合がよくないため、平たく言えばちょっと歯が立たないために、やっかいなものとして敬遠され片すみに捨てられてあったもののように見受けられる。しかし、もしもこれらの問題をかみこなすに適当な「歯」すなわち「方法」が見いだされた暁には、形勢は一変してこれらの「骨董的」な諸現象が新生命を吹き込まれて学界の中心問題として檜舞台に押し出されないとも限らない。そういう例は従来でも決して珍しくはなかった。たとえばブラウン運動でも、表面膜の「よごれ」の問題でもそうである。ましてや、古典的物理学の基礎をなしていた決定的因果律に根本的な修正が問題になり、統計物理学の領域にも全く新しい進出の曙光が見られる今日において、特にここで問題とするような諸現象を列挙して読者の注意を促すのも決して無益のわざではあるまいと思われるのである。
(1) 後に述べるリーゼガングの輪でもその他のものでも、その生成は時間的にも週期的であるが、しかしここで statical と言うのは、できあがった最後の形が静的だという意味である。
昔、自分らの学生時代に、確率論の講義を聞かされたときに「理由欠乏の原理」と「理由具足の原理」との話があったことを思い出す。この前者によれば、たとえば生長するすべてのものは円か球になるはずである。どの方向に特に延びるという理由が「ない」というよりはむしろ、そうい
底本:「寺田寅彦随筆集 第四巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:(株)モモ 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2354.html)