科学と文学
作者:寺田寅彦 約43分で読めます
緒言
子供の時分に、学校の読本以外に最初に家庭で授けられ、読むことを許されたものは、いわゆる「軍記」ものであった。すなわち、「真田三代記」、「漢楚軍談」、「三国志」といったような人間味の希薄なものを読みふけったのであった。それから「西遊記」、「椿説弓張月」、「南総里見八犬伝」などでやや「人情」がかった読み物への入門をした。親戚の家にあった為永春水の「春色梅暦春告鳥」という危険な書物の一部を、禁断の木の実のごとく人知れず味わったこともあった。一方ではゲーテの「ライネケ・フックス」や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「アラビアン・ナイト」や「ロビンソン・クルーソー」などの物語を、あるいは当時の少年雑誌「少国民」や「日本の少年」の翻訳で読み、あるいは英語の教科書中に採録された原文で読んだりした。一方ではまた「経国美談」「佳人之奇遇」のごとき、当時では最も西洋臭くて清新と考えられたものを愛読し暗唱した。それ以前から先輩の読み物であった坪内氏の「当世書生気質」なども当時の田舎の中学生にはやはり一つの新しい夢を吹き込むものであった。宮崎湖処子の「帰省」という本が出て、また別な文学の世界の存在を当時の青年に啓示した。一方では民友社で出していた「クロムウェル」「ジョン・ブライト」「リチャード・コブデン」といったような堅い伝記物も中学生の机上に見いだされるものであった。同時にまた「国民小説」「新小説」「明治文庫」「文芸倶楽部」というような純文芸雑誌が現われて、露伴紅葉等多数の新しい作家があたかもプレヤデスの諸星のごとく輝き、山田美妙のごとき彗星が現われて消え、一葉女史をはじめて多数の閨秀作者が秋の野の草花のように咲きそろっていた。外国文学では流行していたアーヴィングの「スケッチ・ブック」やユーゴーの「レ・ミゼラブル」の英語の抄訳本などをおぼつかない語学の力で拾い読みをしていた。高等学校へはいってから夏目漱石先生に「オピアム・イーター」「サイラス・マーナー」「オセロ」を、それもただ部分的に教わっただけである。そのころから漱石先生に俳句を作ることを教わったが、それとてもたいして深入りをしたわけではなかった。 自分の少青年時代に受けた文学的の教育と言えば、これくらいのことしか思い出されない。そうして、その後三十余年の間に時おり手に触
底本:「寺田寅彦随筆集 第四巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:(株)モモ 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2358.html)