時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ

作者:寺田寅彦 約7分で読めます

時の観念とエントロピーならびにプロバビリティを縦書きで読む(Textfall)

時の観念に関しては、哲学者の側でいろいろ昔からむつかしい議論があったようである。自分はそれらの諸説について詳しく調べてみる機会を得ないが、簡単な言葉でしかもそれ自身すでに時の概念を含んでいないような言葉で「時」に定義を下そうというような企てはたいてい失敗に帰しているようである。「一様に流れる量」であるとか、「逸しつつある広がり」だとかいうのはもちろん時の定義でもなければ説明とも思われぬ。Si non rogas intelligo というほうが至当のようである。時の前後の観念はとにかく直感的なものであって、なんらかの自然現象に関して方則を仮定する事なしに定義を下しうべき性質のものではないと思われる。  吾人が外界の事象を理解し系統化するための道具として、いわゆる認識の形式の一つとして「時」を見なす事には多くの科学者も異論はないであろうが、それだけでは「時」の観念の内容については何事も説明されない。近ごろベルグソンが出て来て、カントや科学者の考えた「時」というものは「空間化された時」であって「純な時」というものがほかにあると考え、彼のいわゆる形而上学の重要な出発点の一つとしているようである。それらの議論はむつかしすぎて自分にはのみ込めないが、とにかくわれわれが力学や物理学で普通に用いる時の概念は空間の概念を拡張したものだという事は疑いもない事である。力学はつまり幾何学の拡張である。空間座標のほかに時を入れれば運動学が成立し、これに質量を入れて経験の結果を導入すれば力学ができる。これらの数学的の式における時間tが空間 x y z とほとんど同様に取り扱われうる事はミンコフスキーの四元空間 Welt の構成されるのを見てもわかる事である。  このように時を空間化して取り扱ったために得られる便利は多大なものであるが、しかし人間の直感する「時」の全部はtの符号に含まれていない。  ニュートンの考えたような、現象に無関係な「絶対的の時」はマッハによって批評されたのみならず、輓近相対性原理の研究と共にさらに多くの変更を余儀なくされた。この原理の発展以来「時」の観念はよほど進化して来たが、それはやはり幾何学の「時」の範囲内での進歩である。  吾人の直感する「時」の観念に随伴して来る重大な要素は「不可逆」ということである。この要点は時を空間化するために往々閑却されるものである。空間

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底本:「日本の名随筆91 時」三木卓編、作品社
入力:富田倫生 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2362.html)