二十四年前
作者:寺田寅彦 約5分で読めます
ちょうど今から二十四年前の夏休みに、ただ一度ケーベルさんに会って話をした記憶がある。ほんとうに夢のような記憶である。 それは私が大学の一年から二年に移るときの夏休みであった。その年の春から私は西片町に小さな家を借りてそこに自分の家庭というものを作った。それでいつもはきまって帰省する暑中休暇をその年はじめてどこへも行かずにずっと東京で暮らす事になった。長い休暇の所在なさを紛らす一つの仕事として私はヴァイオリンのひとり稽古をやっていた。その以前から持ってはいたが下宿住まいではとかく都合のよくないためにほとんど手に触れずにしまい込んであったのを取り出して鳴らしていたのである。もっともだれに教わるのでもなく全くの独習で、ただ教則本のようなものを相手にして、ともかくも音を出すまねをしていたに過ぎなかった。適当な教師があれば教わりたかったが、そういう方面に少しの縁故ももたなかったし、またあったにしてもめったな人からは教わりたくもなかった。それでやっぱりいろんな書物にかいてあるひき方を読んでは、ひとりでくふうしながら稽古していた。いつまでもろくな音は出なかったが、それでもそうする事自身に人知れぬ興味はあった。 適当な楽譜を得るためにはじめには銀座へんの大きな楽器店へ捜しに行ったが、そういう商店はなんとなくお役所のように気位が高いというのか横風だというのか、ともかくも自分には気が引けるようで不愉快であったから、おしまいには横浜のドーリングとかいう商会へ手紙で聞き合わしたり注文したりする事にしていた。これは全くの余談であるが、少なくもそのころ、私は音楽が好きであるにかかわらず、音楽に関係している人々からはよい印象を受けなかった。音楽家からも楽器屋の店員からも、また音楽好きの学生からも一つとしてよい印象を受けなかった。 そのころ音楽会と言えば、音楽学校の卒業式の演奏会が唯一の呼び物になったがこれは自分らには入場の自由が得られなかった。そのほかには明治音楽会というのがあって、このほうは切符を買ってはいる事ができた。半分は管弦楽を主とした洋楽で他の半分は邦楽であった。そのほかにも何かの慈善音楽会というようなものもあって、そんなおりには私にとっては全く耳新しかったいろいろのソロなどを聞く事もできた。 記憶が混雑して確かな事は言われないが、たぶんそういう種類の演奏会のどれかで私は始め
底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:(株)モモ 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2451.html)