音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」

作者:寺田寅彦 約6分で読めます

音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」を縦書きで読む(Textfall)

この音楽的映画の序曲は「パリのめざめ」の表題楽で始まる。まず夜明けのセーヌの川岸が現われる。人通りはなくて朝霧にぬれたベンチが横たわり、遠くにノートルダームの双生塔がぼんやり見える。眠りのまださめぬ裏町へだれか一人自転車を乗り込んで来て、舗道の上になんだか棒のようなものを投げ出す。その音で長い一夜の沈黙が破られる。この音からつるはしのようなもので薪を割る男が呼び出される。軒下に眠るルンペンのいびきの音が伴奏を始める。家の裏戸が明いて早起きのおかみさんが掃除を始める、その箒の音がこれに和する。この三つの音が次第に調子を早める。高角度に写された煙突から朝餉の煙がもくもくと上がり始めると、あちらこちらの窓が明いて、晴れやかな娘の顔なども見える。屋上ではせんたく物を朝風に翻すおかみさんたちの群れもある。これらの画像の連続の間に、町の雑音の音楽はアクセレランドー、クレッセンドーで進行して行って、かくして一人の巨人としての「パリ」が目をさましてあくびをする。これだけの序曲が終わると同時に第一幕モーリス住み家の場が映し出されるのである。この序曲はかなりおもしろく見られ聞かれる。試みに俳諧連句にしてみると

朝霧やパリは眠りのまださめず  河岸のベンチのぬれてやや寒 有明の月に薪を取り込んで  あちらこちらに窓あける音

とでもいったような趣がある。 「イズンティット・ロマンティク」の歌の連続が次のような順序に現われる。始めはモーリスが店の三枚鏡の一枚一枚に映りながらこれを歌う。この歌が街頭へ飛び出して自動車のおやじから乗客の作曲家に伝染し、この男が汽車へ乗ったおかげで同乗の兵隊に乗り移る。兵隊が行軍している途中からこの歌の魂がピーターパンの幽霊のような姿に移って横にけし飛んだと思うと、やがて流浪の民の夜営のたき火のかたわらにかなでられるヴァイオリンの弦のしらべに変わる。この音の流れて行く末にシャトーのバルコニーが現われて夢見るような姫君のやるせない歌の中にこの同じ主題が繰り返さるる。そうして最後のリフレーンで「イズンティット・ロマーン」まで歌った最後の「ティック」の代わりに、バルコンの下から忍びよるド・サヴィニャク伯爵の梯子が石欄に触れる「ティック」の音を置き換えてある。ばかげているようであるが、この音で夢の世界から現実の世界へ観客を呼び返す役目をつとめさせているのである。

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底本:「寺田寅彦随筆集 第三巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
入力:(株)モモ 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2470.html)