モスクワの辻馬車
作者:宮本百合子 約14分で読めます
強い勢いで扉が内側からあけられた。ともしびがサッと広く歩道へさした。が、そこから出て来たのは案外小さい一人の女だった。 歩道に沿って二台辻馬車が停っている。後の一台では御者が居眠りしていた。前の御者台に黒い外套を着て坐っていた御者が扉の音で振向いた。馬具の金具が夜の中にひかった。 小さい女はひどく急いでいる風で立ち止まるのも惜しそうに、歩道の上から御者に叫んだ。 ――ひま? ――何処へ行きますかね? ――サドゥヴァヤ! ストラスナーヤの角とトゥウェルスカヤ六十八番とへよって、二ルーブリ! ――よろしい、行きましょう。 ――二ルーブリ! いい? それで。 御者はほとんど面倒くさそうに髭のある口の中で「よろしい、よろしいとつぶやいた。外国女だ。何度繰返したってまともなロシア語の音はどうせ出やしないんじゃないか。そう云っているような調子である。御者特有の横目で日本女が先ず片手にさげていた一つの新聞包みを蹴込みへのせ、それから自身車へのるのを見守り、弾機が平衡を得たところで、唇を鳴らし手綱をゆるめた。 冬凍った車道ですべらないようにモスクワの馬に、三つ歯どめの出た蹄鉄をつけている。新ソヴェトの滑らかなアスファルト道の上で、そういう蹄は高く朗かに鳴った。十一月中旬の、まだ合外套も歩いてる午後七時の往来に小さい籠を持ったリンゴ売が出ている。芸術座小舞台へ入る門の前で、女が――プログラム! プログラム、十カペイキ!「我等の青春」のプログラム、十カペイキ! 気ぜわしい、金属的な、何だかひもじいような声だ。むき出しな頭で片手にプログラムの束を抱えそうやって叫んでいる女もその他の通行人も馬車の上から見るとみんな宵のくちの濃い陰翳と不揃いなともしびの中にあって、一つ一つの目鼻だちは見分けられない。 日本女はいつもは踵の低い茶色の靴をはいてトゥウェルスカヤ通りをむさぼるような眼付で歩いていた。彼女は今同じ坂道を馬車にのってゆっくり登って行きながら、三年の間に自分が何処ここを歩き、その度にいろんな違った心持を抱いて歩いてたかということを、はっきり感じた。どのソヴェト市民だってそんなに馬車には乗りゃしない。だから日本女だってやはり電車に乗るほど馬車にはのらなかった。今夜は特別だ。だんぜん特別だ。何故なら、彼女にはすることがうんとある。第一この膝の上に抱えている不恰好にふ
底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2725.html)