作品のテーマと人生のテーマ
作者:宮本百合子 約6分で読めます
作品のテーマと人生のテーマを縦書きで読む(Textfall)
『中央公論』の十月号に、荒木巍氏の「新しき塩」という小説がある。中学校の教師を勤めているうちに自身の少年時代の生活経験から左翼の活動に共感し、そのために職を失った魚住敬之助という男が、北海道まで行って、不良少年感化院の教師となって暮している。左翼の力が退潮した後、思想上の混乱から彼は死のうとして失敗し、やがて「感化教育の中に一生を投じ、自分の思想、信念を生かそうとして」いる現状である。妻の胤子が、女にあり勝の外部からの刺激に動かされ易い性質から左翼の活動に入ったが、その高揚期がすぎると失望し、生活の目当を失い、辛うじて良人と共に、感化事業に献身しようとする。しかし、事業の困難さは、耐久力のない胤子を再び失望させたのみか、北海道へ来たことも、良人の生活態度にも、すべてに気をくさらし、同じ感化院の教務主任守屋と不健全な関係に陥る。作者は、この間の消息を精神的によりどころを失った胤子が生活気分のよりどころを男のあらあらしい肉体に求めた結果として説明しているのである。ところで、魚住は妻の不貞に苦しみながら、一方では不良少年らの統御するにむずかしい性格によって引きおこされる事件、脱走だの集団的反抗だのととり組み、更に他の一方では、守屋が不貞をされている良人としての軽蔑をも示しつつ彼の教師という地位を危うくしようとする悪計と闘っている。魚住もある時期この錯雑した事情にまけて、受動的な頬杖をついたような気分で暮すが、日頃目をかけていた黒須千太郎をこめる集団脱走事件がおこり、折からの大雪で凍死するにきまっている千太郎を救おうという情熱によって振い立ち、情熱をもって一事を敢行しようとする人間の精神的高揚をよろこぶ感情の表現で、一篇の小説を終っているのである。 小説としてのできばえからいえば、この作品は作者自身にとっても自信ある作とはいえないであろう。胤子の感情の必然性も十分描かれていないし、全体が説明的で、それもいきいきと納得ゆくように一人の人間の内的推移の跡を示しているとはいえないのである。 作者の意企は、魚住を中心として、感化院の教師間の生活葛藤を描くところにあったことは明瞭なのであるが、少くとも黒須千太郎と魚住との人間的交渉がもう一歩ふみ込んで書かれていたら、最後の魚住の情熱的な雪中突進の動機も、読者の心にもっと真実性をともなって同感をよびさまし得たであろう。 私はこの小
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底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2882.html)