若い婦人の著書二つ

作者:宮本百合子 約9分で読めます

若い婦人の著書二つを縦書きで読む(Textfall)

いま、私の机の上に二冊の本がのっている。一冊は大迫倫子さんの『娘時代』、もう一冊は野沢富美子さんの『煉瓦女工』。この二冊の本は、それぞれ近頃ひろく読まれている本だと思う。だが、同じ娘としての生活をかいていながらこれらの本は、何と大きいちがいをもっていることだろう。若い女のひとによって書かれた二つの本をよむ人々は、ここにある生活の世界のちがいに対してどんな感想を抱いただろうか。『娘時代』はそれとして面白く『煉瓦女工』もそれとして面白い。ただそれだけを感想として読み終った人もあるかもしれない。けれども、今日の同じ日本の社会のなかからこういう相違をもった本をかく若い娘さんたちが出て来ていて、しかも、まるで互のちがった世界のなりに生き、互を知らないようにその生活のなかからそれぞれの本を生み出しているところには、何か私たちを考えさせるものがある。娘さんたちの文才というひとくちのなかに二つのものを概括してしまうことのできないものが感じられた。

大迫さんには、よほど前、どこかの雑誌の記者として働いていられた時分にちょっとお会いしたことがあった覚えがある。ずっと会わずにいて、新聞の広告を見たときは、思わずハハンという微笑みを感じた。大迫さんも到頭こんな本を書いた。その気持には、あら大迫さんが? という意外さはなくて、どこかで漠然と予期されていたことが実現したような興味であった。つまり大迫さんという娘さんは、こまかい顔だちなどは忘れてしまっている私にさえ、本を書いたことがふさわしく思える一種の印象を残しているような人柄だったのだと思う。 『娘時代』は、随筆風に、現代の娘の心持をある意味では主張し、ある点では反省し、またある箇所では諷刺している気の利いた、才の漲った著書である。娘さんが娘時代をかいている。そこに、高見順氏が序文でいっているように捉え難い今日の若い女性の心理を、典型的な今日の若い女性が自己告白の文章によって描き出したという興味と意味とがおかれている。若い同性の読者たちは、この本のなかに自分たちの気分や気持がそのまま語られていることに多大の共鳴を見出すだろうし、青年たちも公然とあるいはこっそりとこの本を読むだろう。  大迫さんの才気のある筆は、明快にときに皮肉に娘さん心理のいろいろな面を描き出しているのだけれど、私はひそかな疑問を感じた。娘さんたちはこの本をよんで、い

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底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:松永正敏
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2890.html)