ある回想から
作者:宮本百合子 約12分で読めます
日本には、治安維持法という題の小説があってよい。そう思われるくらい、日本の精神はこの人間らしくない法律のために惨苦にさらされた。 先日、偶然のことから古い新聞の綴こみを見ていた。そしたら、一枚の自分の写真が目についた。髪をひきつめにして、絣の着物をきて、長火鉢のわきにすわっている。そして、むかいあいの対手に、熱心に話している。その顔が、横から夜間のフラッシュで撮されているのであった。興奮して、口を尖らかすようにしているその女の顔は、美しくない。せっぱつまって、力いっぱいという表情がある。年をへだて、事情の変ったいま眺めなおしたとき、その写真は私の心に憐憫を催おさせるのであった。 一九三八年(昭和十三年)一月から、翌年のなかばごろまで、日本では数人の作家・評論家たちが、内務省の秘密な指図で、作品発表の機会を奪われた。そのころ内務省の中で、ジャーナリストたちを集めて、役所の注文をなす会合がもたれていた。そこで、何人かの文筆家が名ざされて、雑誌その他に執筆させないようにといわれたのであった。 三七年の十二月三十一日の午後、私は、重い風呂敷包みを右手にかかえて、尾張町の角から有楽町の駅へむかって歩いていた。すると、いま、名を思い出せないけれども、ある新聞の学芸部の記者の人が、 「やア、どうです」 近づいてきながら、大きい声でいった。 「感想はいかがです」 わたしは、ゆっくり立ちどまって、挨拶をかえした。 「感想って……。私はこれから、稲子さんのところへ行くんだけれども……」 「へえ」 ひどく案外らしく、 「知らないんですか」 といわれた。 「執筆禁止ですよ」 「誰が?」 「宮本百合子、中野重治それから――」何人かの姓名が告げられた。評論家も何人か入っている。窪川夫妻も、すれすれだろうということであった。私は、かかえた風呂敷包みの中に、ついそこで買ったお正月用の「きんとん」の包をもっていた。半分は、白いうずら豆の「きんとん」ではあったが、たっぷりあって、去年も、その前の年の暮にもしたように、稲子さんの子供たちと半分ずつわけようと、潰さないようにもっているのであった。 「じゃあ、ともかく稲子さんのところへ行ってみましょう」 「それがいいです、じゃ、いずれ――」 わかれて、省線にのり、やはり「きんとん」の包みをかばいながら、高田馬場からなじみふかい小瀧橋への通りを
底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2964.html)