政治と作家の現実

作者:宮本百合子 約31分で読めます

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一

深大な犠牲をはらって西欧におけるファシズムを粉砕したソヴェト同盟では、平和が克復するとすぐ、物質と精神の全面に精力的な再建がはじまった模様である。たとえば、ドニェプルの大発電所は、第一次五ヵ年計画時代の全ソヴェト人にとってじつに愛着と誇りの象徴であったが、ナチス軍がドニェプル地区に侵略してくる危険が迫ったとき、大発電所はそれを建設した労働者の手によって破壊された。その記事を新聞でよんだとき、果敢な人々の行動に心をうたれたものはけっして一人二人でなかったろうと思う。またふたたび自分たちの手でこれを造る日を、どんなに心に誓って、それを破壊したであろうか、と。そのドニェプル発電所の再建からはじまって、スターリングラードの名誉ある復興、ウクライナ全地域、ドン全区にわたる生産復興は、短波できくニュースでもわかるとおり世界をおどろかせる能率で捗っている。  文化の分野でも、戦後における再検討、より高い段階への発展のための研究がさかんに着手されている様子である。『雄鶏通信』十一月号やその他の雑誌にも、ごく断片的な報道がのせられた。除村吉太郎氏の翻訳で、私たちはレーニングラードの二雑誌『星』と『レーニングラード』を中心とするジダーノフの報告をよむ機会をもった。同時に、新日本文学会から「現段階における中国文芸の方向」という、毛沢東が一九四二年五月延安で行った文芸座談会の記録も刊行された。私たち日本の作家は、計らずこの興味のふかい二つの記録をよむ便宜を得た。そして、深く感じたことは、現代に真に民主的になろうと正直に努力している国々では、どんなにそこの人民の問題として、文学その他の芸術を重大に評価し、研究しているか、ということである。フランスや、ナチから解放された戦後の若いドイツがやはり民族の課題として、文学・芸術の問題を本気で扱っている。それらの事情も、きれぎれではあるが、日本の私たちにきこえてきはじめた。日本で、やっと半封建の圧力からのがれはじめた人民が、民主社会を実現しようとする複雑な努力のかたわら、どんな自身の文学・芸術を持とうとしつつあるだろうか。文学者たちは、そのためにいかなる貢献をしているだろうか。ジダーノフの報告や毛沢東の記録は、私たちの反省と研究心とを刺戟するのである。

ジダーノフの報告の前半は、主として、ゾシチェンコの「猿の冒険」という

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底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2974.html)