第一回日本アンデパンダン展批評

作者:宮本百合子 約7分で読めます

第一回日本アンデパンダン展批評を縦書きで読む(Textfall)

こないだ久しぶりで第一回日本アンデパンダン展覧会を見て、断片的ですけれども、いくつかの印象が残りました。やっぱりあれは面白い展覧会であったと思います。よかれあしかれ、美術の外の分野に働いている私のような者にもいろいろ考えさせましたから。  あの展覧会には、十何年か昔、日本にプロレタリア文学の運動と一緒にプロレタリア美術という運動があったころ、その指導的な活動をしていた旧「ヤップ」の方々の組織される現実会の会員の作品や、その頃はそういう団体には属していなかったけれども、今日古い画壇の空気にあきたりなくて、民主的な日本の社会の推移とともに自分の芸術を新しく発展させて行こうと計画している方々の作品、そして職場からの作品もありました。  最後の日にほんの二、三時間見ただけですから、ずいぶん杜撰な印象だろうと思いますが、全体からうけた印象では、この展覧会に出品している方々は、それぞれの個人、それぞれのグループで、熱心に、古い客間の装飾用としての洋画から、ほんとうに今日に生きる私たちの生活の感覚と、そこにあるさまざまの主題を芸術化そうと努力されていることが、しみじみわかります。しかし、文学の方でもそうなのですが、その熱心と探究とは、まだほんとうに新しい芸術の水脈にあたっていないような、つまり摸索の形で、追求が受けとられました。  ですから、技術的な細かいことのわからない私たちには、追求のさまざまな現われが、疑問として自分の心に残されました。疑問を掻きたてたところにあの展覧会の前進してゆく可能が隠されていたと思います。例えば、現実会のグループの方々の絵は、お互同士が大変よく似た色の感覚で、また素材へ向ってゆく角度にも大変似たものがあるように思いました。ずいぶん色の賑やかな、その賑やかさにおいて不思議な類似をもった絵が多くて、そのなかでは一人一人の画家のテンペラメントというものも弱く表われていたし、現実の受けとり方も、個性が、或いは生活が平均化されていました。  もと「ヤップ」におられたころ幾つかの絵でおなじみの矢部友衛さん、岡本唐貴さん、寺島貞志さんその他の方々が、現実会の会員として、あの展覧会に出されていた作品は、あの頃と今日と十数年の間に、日本のすべての芸術家が人生の現実と芸術上のリアリズムの問題とでどんなにひどい目に遇ったかということを深く思い返させました。昔の矢部さんの

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底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2981.html)