奇怪な再会

作者:芥川龍之介 約36分で読めます

奇怪な再会を縦書きで読む(Textfall)

一

お蓮が本所の横網に囲われたのは、明治二十八年の初冬だった。  妾宅は御蔵橋の川に臨んだ、極く手狭な平家だった。ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場になっている御竹倉一帯の藪や林が、時雨勝な空を遮っていたから、比較的町中らしくない、閑静な眺めには乏しくなかった。が、それだけにまた旦那が来ない夜なぞは寂し過ぎる事も度々あった。 「婆や、あれは何の声だろう?」 「あれでございますか? あれは五位鷺でございますよ。」  お蓮は眼の悪い傭い婆さんとランプの火を守りながら、気味悪そうにこんな会話を交換する事もないではなかった。  旦那の牧野は三日にあげず、昼間でも役所の帰り途に、陸軍一等主計の軍服を着た、逞しい姿を運んで来た。勿論日が暮れてから、厩橋向うの本宅を抜けて来る事も稀ではなかった。牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。  この頃丸髷に結ったお蓮は、ほとんど宵毎に長火鉢を隔てながら、牧野の酒の相手をした。二人の間の茶ぶ台には、大抵からすみや海鼠腸が、小綺麗な皿小鉢を並べていた。  そう云う時には過去の生活が、とかくお蓮の頭の中に、はっきり浮んで来勝ちだった。彼女はあの賑やかな家や朋輩たちの顔を思い出すと、遠い他国へ流れて来た彼女自身の便りなさが、一層心に沁みるような気がした。それからまた以前よりも、ますます肥って来た牧野の体が、不意に妙な憎悪の念を燃え立たせる事も時々あった。  牧野は始終愉快そうに、ちびちび杯を嘗めていた。そうして何か冗談を云っては、お蓮の顔を覗きこむと、突然大声に笑い出すのが、この男の酒癖の一つだった。 「いかがですな。お蓮の方、東京も満更じゃありますまい。」  お蓮は牧野にこう云われても、大抵は微笑を洩らしたまま、酒の燗などに気をつけていた。  役所の勤めを抱えていた牧野は、滅多に泊って行かなかった。枕もとに置いた時計の針が、十二時近くなったのを見ると、彼はすぐにメリヤスの襯衣へ、太い腕を通し始めた。お蓮は自堕落な立て膝をしたなり、いつもただぼんやりと、せわしなそうな牧野の帰り仕度へ、懶い流し眼を送っていた。 「おい、羽織をとってくれ。」  牧野は夜中のランプの光に、脂の浮いた顔を照させながら、もどかしそうな声を出す事もあった。  お蓮は彼を送り出すと、ほとんど毎夜の事ながら、気疲れを感ぜずにはいられなか

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底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
入力:j.utiyama 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card77.html)