入れ札

作者:菊池寛 約15分で読めます

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人物  国定忠治  稲荷の九郎助  板割の浅太郎  島村の嘉助  松井田の喜蔵  玉村の弥助  並河の才助  河童の吉蔵  闇雲の牛松  釈迦の十蔵  その他三名 時所  上州より信州へかかる山中。天保初年の秋。 情景

秋の日の早暁、小松のはえた山腹。地には小笹がしげっている、日の出前、雲のない西の空に赤城山がほのかに見える。幕が開くと、才助と浅太郎とが出てくる。二人ともうす汚れた袷の裾をからげ、脚絆をはき、わらじをつけている。めいめい腰に一本の長脇差をさしている。浅太郎の方は、割れかかった鞘を縄で括っている。二人が舞台の中央にかかった時、後ろから呼ぶ声が聞える。

呼ぶ声 おうい、浅兄い、待てえっ。 浅太郎 おうい、何じゃい。 呼ぶ声 おうい、おうい。浅兄い。 浅太郎 おうい、何じゃい。 呼ぶ声 少し足を止めてくれ。あんまり離れるな。 浅太郎 ようし、分かったぞ、待っているぞ。(そばを振り向いて、才助に) おい才助、一休みしようじゃねえか。 才助 大丈夫かなあ、ここいらで足を止めていて。 浅太郎 大丈夫だとも。木戸の関を破ったのが、昨夜の五つ頃だ。あれから歩き通したもの。もうかれこれ十里近くも突っ走ってらあ。 才助 みんなよく足がつづいたものだ。 浅太郎 俺たちは、これぐらいのことではびくともしねえが、九郎助や牛松などの年寄は、あれでいい加減へこたれていらな。 才助 だがよく辛抱してついて来たなあ。 浅太郎 常日頃口幅ったいことをいっている連中だ。ついて来ずにはいられめえじゃねえか。

(二人が話している間、九郎助と弥助、並んで出て来る。九郎助は五十に近き老人、弥助は四十前後)

才助 (九郎助に)やあ、稲荷の兄い、足は大丈夫かい。 九郎助 何を世迷言をいいやがる。こう見えたって若い時は、賭場が立つと聞いた時は、十里二十里の夜道は平気で歩いたものだ。いくら年が寄っても、足腰だけはお前たちにひけは取らねえや。 浅太郎 兄い、あんまりそうでもなさそうじゃねえか。榛名の山越えじゃ、少々参っていたようだぜ。 九郎助 何をいってやがらあ。それあお前たちのことだろう。この頃の若いやつらはまだ修業が足りねえや。俺ら若い時にゃ、忠次の兄いと一緒に、信州から甲州へ旅人で、賭場から賭場をかせぎ回ったもんだ。その頃にあ、日に十里や二十里は朝飯前だったよ。 弥助 そうだったなあ、稲荷の

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底本:「菊池寛 短篇と戯曲」文芸春秋
入力:真先芳秋 校正:大野晋
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card486.html)