半七捕物帳 47 金の蝋燭
作者:岡本綺堂 約36分で読めます
半七捕物帳 47 金の蝋燭を縦書きで読む(Textfall)
一
秋の夜の長い頃であった。わたしが例のごとく半七老人をたずねて、面白い昔話を聴かされていると、六畳の座敷の電灯がふっと消えた。 「あ、停電か」 老人は老婢を呼んで、すぐに蝋燭を持って来させた。 「行灯やランプと違って、電灯は便利に相違ないが、時々に停電するのが難儀ですね」 「それでもお宅には、いつでも蝋燭の用意があるのには感心しますね」と、わたしは云った。 「なに、感心するほどのことでも無い。わたくしなぞは昔者ですから、ランプが流行っても、電灯が出来ても、なんだか人間の家に蝋燭は絶やされないような気がして、いつでも貯えて置くんですよ。それが今夜のような時にはお役に立つので……」 ふた口目にはむかし者というが、明治三十年前後の此の時代に、普通の住宅で電灯を使用しているのはむしろ新らしい方であった。現にわたしの家などでは、この頃もまだランプをとぼしていたのである。新らしい電灯を用いて、旧い蝋燭を捨てず、そこに半七老人の性格があらわれているように思われた。 こんにちと違って、そのころの停電は長かった。時には三十分も一時間も東京の一部を闇にして、諸人を困らせることがあった。今夜の停電も長い方で、主人も客も夜風にまたたく蝋燭の暗い火を前にして、暫く話し続けているうちに、その蝋燭から縁を引いて、老人は「金の蝋燭」という昔の探偵物語をはじめた。 「御承知の通り、安政二年二月六日の晩に、藤岡藤十郎、野州無宿の富蔵、この二人が共謀して、江戸城本丸の御金蔵を破って、小判四千両をぬすみ出しました。この御金蔵破りの一件は、東京になってから芝居に仕組まれて、明治十八年の十一月、浜町の千歳座で九蔵の藤十郎、菊五郎の富蔵という役割でしたが、その評判が大層いいので、わたくしも見物に行って、今更のように昔を思い出したことがありました。その安政二年はわたくしが三十三の年で、云わば男の働き盛りでしたから、この一件が耳にはいると、さあ大変だというので、すぐに活動を始めたんです。勿論、わたくしばかりじゃあない、江戸じゅうの御用聞きは総がかりです。八丁堀の旦那衆もわたくし共を呼びつけて、みんなも一生懸命に働けという命令です。その時代のことですから、御金蔵破りなどということは決して口外してはならぬ、一切秘密で探索しろというのですが、人の口に戸は立てられぬの譬えの通りで、誰の口からどう洩れる
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底本:「時代推理小説 半七捕物帳(四)」光文社文庫、光文社
入力:tatsuki 校正:しず
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card988.html)