半七捕物帳 57 幽霊の観世物

作者:岡本綺堂 約31分で読めます

半七捕物帳 57 幽霊の観世物を縦書きで読む(Textfall)

一

七月七日、梅雨あがりの暑い宵であったと記憶している。そのころ私は銀座の新聞社に勤めていたので、社から帰る途中、銀座の地蔵の縁日をひやかして歩いた。電車のまだ開通しない時代であるから、尾張町の横町から三十間堀の河岸へかけて、いろいろの露店がならんでいた。河岸の方には観世物小屋と植木屋が多かった。  観世物は剣舞、大蛇、ろくろ首のたぐいである。私はおびただしい人出のなかを揉まれながら、今や河岸通りの観世物小屋の前へ出て、ろくろ首の娘の看板をうっとりと眺めていると、黙って私の肩をたたく人がある、振り返ると、半七老人がにやにや笑いながら立っていた。洋服を着た若い者が、口をあいてろくろ首の看板をながめているなどは、余りいい図ではないに相違ない。飛んだところを老人に見つけられて、私は少々赤面したような気味で、あわてて挨拶した。老人は京橋辺の知人のところへ中元の礼に行った帰り路だとか云うことで、ふた言三言立ち話をして別れた。  それから四、五日の後、わたしも老人を赤坂の宅へ中元の礼ながらにたずねてゆくと、銀座の縁日の話から観世物の噂が出た。ろくろ首の話も出た。 「世の中がひらけて来たと云っても、観世物の種はあんまり変らないようですね」と、老人は云った。「ろくろ首の観世物なんぞは、江戸時代からの残り物ですが、今に廃らないのも不思議です。いつかもお話し申したことがありますが、氷川のかむろ蛇の観世物、その正体を洗えば大抵そんな物なんですが、つまりは人間の好奇心とか云うのでしょうか、だまされると知りながら木戸銭を払うことになる。そこが香具師や因果物師の付け目でしょうね。観世物の種類もいろいろありますが、江戸時代にはお化けの観世物、幽霊の観世物なぞというのが時々に流行りました。  お化けと云っても、幽霊と云っても、まあ似たようなものですが、ほかの観世物のようにお化けや幽霊の人形がそこに飾ってあるという訳ではなく、まず木戸銭を払って小屋へはいると、暗い狭い入口がある。それをはいると、やはり薄暗い狭い路があって、その路を右へ左へ廻って裏木戸の出口へ行き着くことになるんですが、その間にいろいろの凄い仕掛けが出来ている。柳の下に血だらけの女の幽霊が立っているかと思うと、竹藪の中から男の幽霊が半身を現わしている。小さい川を渡ろうとすると、川の中には蛇がいっぱいにうようよと這っている

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底本:「時代推理小説 半七捕物帳(五)」光文社文庫、光文社
入力:tatsuki 校正:小林繁雄
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card1027.html)