三浦老人昔話

作者:岡本綺堂 約3時間で読めます

三浦老人昔話を縦書きで読む(Textfall)

桐畑の太夫

一

今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶している。わたしは午後から半七老人の家をたずねた。老人は彼の半七捕物帳の材料を幾たびかわたしに話して聞かせてくれるので、きょうも年始の礼を兼ねてあわ好くば又なにかの昔話を聞き出そうと巧らんで、から風の吹く寒い日を赤坂まで出かけて行ったのであった。  格子をあけると、沓ぬぎには新しい日和下駄がそろえてある。この頃はあまり世間と交際をしないらしい半七老人の家にも、さすがは春だけに来客があると思っていると、わたしの案内を聞いておなじみの老婢がすぐに出て来た。広くもない家であるから、わたしの声が筒ぬけに奥へきこえたらしい。横六畳の座敷から老人は声をかけた。 「さあ、お通りください。あらたまったお客様じゃありませんから。」  わたしは遠慮なしに座敷へ通ると、主人とむかい合って一人の年始客らしい老人が坐っていた。主人も老人であるが、客は更に十歳以上も老けているらしく、相当に時代のついているらしい糸織りの二枚小袖に黒斜子の三つ紋の羽織をかさねて、行儀よく坐っていた。お定まりの屠蘇や重詰物もならべられて、主人も客もその顔をうすく染めていた。主人に対して新年の挨拶がすむと、半七老人は更にその客の老人をわたしに紹介した。 「こちらは大久保にお住居の三浦さんとおっしゃるので……。」  初対面の挨拶が型の通りに交換された後に、わたしも主人から屠蘇をすゝめられた。ふたりの老人と一人の青年とがすぐに打解けて話しはじめると、半七老人は更に説明を加えて再び彼の客を紹介した。 「三浦さんも江戸時代には下谷に住まっていて、わたしとは古いお馴染ですよ。いえ、同商売じゃありませんが、まんざら縁のない方でもないので……。番所の腰掛では一緒になったこともあるんですよ。はゝゝゝゝ。」  三浦という老人は家主で、その時代の詞でいう大屋さんであった。江戸時代にはなにかの裁判沙汰があれば、かならずその町内の家主が関係することになっているので、岡っ引を勤めていた半七老人とはまったく縁のない商売ではなかった。ことに神田と下谷とは土地つゞきでもあるので、半七老人は特にこの三浦老人と親しくしていたらしかった。そうして、維新以後の今日まで交際をつゞけているのであった。 「むかしは随分おたがいに仲好くしていたんですがね。」と、三

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底本:「大衆文学大系7 岡本綺堂 菊池寛 久米正雄 集」講談社
入力:林田清明 校正:小林繁雄、門田裕志
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card1304.html)