中国怪奇小説集 10 夷堅志(宋)

作者:岡本綺堂 約26分で読めます

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第八の男は語る。 「わたくしは宋で『夷堅志』をえらみました。これは有名の大物でありますから、とても全部のお話は出来ません。そのなかで自分が面白く読んだものの幾分を御紹介するにとどめて置きます。この作者は宋の洪邁であります。この家は、父の洪皓をはじめとして、せがれの洪适、洪遵、洪邁の一家兄弟、揃いも揃って名臣であり、忠臣であり、学者であること、実に一種の異彩を放っていると申してもよろしいくらいでありまして、宋朝が金に圧迫せられて南渡の悲運におちいるという国家多難の際にあって、皆それぞれに忠奮の意気をあらわしているのは、まったく尊敬に値いするのであります。  しかしここでは『夷堅志』の作者たる洪邁一人について少々申し上げますと、彼は字を景盧といい、もちろん幼にして学を好み、紹興の中年に詞科に挙げられて、左司員外郎に累進しました。彼が金に使いした時に、敵国に対するの礼を用いたので、大いに金人のために苦しめられましたが、彼は死を決して遂に屈しなかった事などは、有名の事実でありますから詳しく申すまでもありますまい。  後にゆるされて帰りまして、所々の知州などを勤めた末に、端明殿学士となって退隠しました。死して文敏と諡されて居ります。その著書や随筆は頗る多いのですが、一般的に最もよく知られているのは、この『夷堅志』であります。原本は四百二十巻の大作だそうですが、その大部分は散佚して、今伝わるものは五十巻、それでもなかなかの大著述というべきでしょう。  そうして、その敵国たる金の元遺山が更に『続夷堅志』を書いているのは、頗るおもしろい対照というべきであります。どちらも学者で忠臣でありますから、元遺山もひそかに彼を敬慕していたのかも知れません。あまりに前置きが長くなりましては御退屈でございましょうから、ここらで本文に取りかかります」

妖鬼を祭る

祁州の汪氏の息子が番陽から池州へ行って、建徳県に宿ろうとした。その途中、親しい友をたずねて酒の馳走になっているうちに、行李はすでに先発したので、汪はひとりで馬に乗って出ると、路を迷ったものとみえて、行けども行けども先発の従者に逢わないので、草深い森の奥へ踏み込んでしまった。  そのうちに日が暮れかかると、草むらから幾人の男があらわれて、有無をいわさずに彼を捕虜にして牽き去った。行くこと何百里、深山の古い廟のなかへ連れ込まれて、

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底本:「中国怪奇小説集」光文社文庫、光文社
入力:tatsuki 校正:kazuishi
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card2237.html)