中国怪奇小説集 13 輟耕録(明)

作者:岡本綺堂 約12分で読めます

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第十一の男は語る。 「明代も元の後を亨けて、小説戯曲類は盛んに出て居ります。小説では西遊記、金瓶梅のたぐいは、どなたもよく御承知でございます。ほかにもそういう種類のものはたくさんありますが、わたくしは今晩の御趣意によりまして、陶宗儀の『輟耕録』を採ることにいたしました。陶宗儀は天台の人で、元の末期に乱を避けて華亭にかくれ、明朝になってから徴されても出でず、あるいは諸生に教授し、あるいは自ら耕して世を送りました。元来著述を好む人で、田畑へ耕作に出るときにも必ず筆や硯をたずさえて行って、暇があれば樹の下へ行って記録していたそうです。この書に輟耕の名があるのはそれがためでしょう。原名は『南村輟耕録』というのだそうですが、普通には単に『輟耕録』として伝わって居ります。この書は日本にも早く渡来したと見えまして、かの、『飛雲渡』や、『陰徳延寿』の話などは落語の材料にもなり、その他の話も江戸時代の小説類に飜案されているのがありまして、捜神記や酉陽雑爼に次いで、われわれ日本人にはお馴染みの深い作物でございます」

飛雲渡

飛雲渡は浪や風がおだやかでなくて、ややもすれば渡船の顛覆するところである。ここに一人の青年があって、いわゆる放縦不覊の生活を送っていたが、ある時その生年月日をもって易者に占ってもらうと、あなたの寿命は三十を越えないと教えられた。  彼もさすがにそれを気に病んで、その後幾人の易者に見てもらったが、その占いはほとんど皆一様であったので、彼もしょせん短い命とあきらめて、妻を娶らず、商売をも努めず、家財をなげうって専ら義侠的の仕事に没頭していると、ある日のことである。彼がかの飛雲渡の渡し場付近を通りかかると、ひとりの若い女が泣きながらそこらをさまよっていて、やがて水に飛び込もうとしたのを見たので、彼はすぐに抱きとめた。 「お前さんはなぜ命を粗末にするのだ」 「わたくしは或る家に女中奉公をしている者でございます」と、女は答えた。「主人の家に婚礼がありまして、親類から珠の耳環を借りました。この耳環は銀三十錠の値いのある品だそうでございます。今日それを返して来るように言い付けられまして、わたくしがその使いにまいる途中で、どこへか落してしまいましたので……。今さら主人の家へも帰られず、いっそ死のうと覚悟をきめました」  青年はここへ来る途中で、それと同じような品を拾っ

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底本:「中国怪奇小説集」光文社
入力:tatsuki 校正:小林繁雄
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card2240.html)