傷だらけの足 ふたたび純潔について
作者:宮本百合子 約16分で読めます
傷だらけの足 ふたたび純潔についてを縦書きで読む(Textfall)
こんにち、わたしたちがふたたび純潔ということについて語るとすれば、それは、どんな新しい人間精神の欲求からのことだろう。 わたしたちの生活の下で、ある種の言葉は、この半世紀の間に、全く水火をくぐって、傷だらけにされて来た。たとえば愛という言葉。正義という言葉。そして純潔という言葉もその仲間にはいる。 ヨーロッパの社会では第一次大戦のころ(一九一四―一八)から純潔に対する観念はすべての市民の日常生活の中で、はげしい試練をうけはじめた。イギリスはそれまで豊かだった中流層の経済力とともに安定していた清教徒風な、モラルのよりどころであった「純潔」の再検討によって。フランスはカソッリク的な純潔の現実的な定義に関して。 ゴールスワアジーの小説に「聖者の道行」という小説がある。第一次大戦の前後に書かれた作品で、イギリスの人たちが、十九世紀からもちつづけて来た家庭、結婚についての形式的な習慣に、新しく深いヒューマニティーの光を射こんだ作品であった。保守的な宗教家として正統的なものの考えかたをしている老牧師の娘である女主人公が、かねて愛しあっていた青年と、彼の出征の前夜、自分たちの結婚をする。若い二人は、その異常な別れの夜に、互の愛を互のうちに与えあわずにいられない熱情につき動かされたのであった。青年は戦死した。その娘は母となる。教会で結婚の儀式をあげる機会をもてずに、愛しあっていた男女が結合し、親となったということだけのために、若い母親は周囲の人たちのしつこい侮蔑と中傷とにさらされなければならなくなった。父である牧師は、自分の教会と牧師である自身の体面が全教区の前に傷つけられたということばかりを心痛している。娘に対して最も寛容でないのは、神の召使いである父親であった。 ある日、不幸な女主人公は、小さい赤ン坊をつれて動物園へ行っていた。そこで、偶然彼女の知り合いである同じ年ごろの女性とその愛人とに出会った。友達である女は、愛人に向って、自分たちの幸福を誇るように、軽蔑をもって女主人公に結婚しないで母親になった行為を批評するけれども、愛人である青年のうけた感銘は、彼の恋人が彼の上に印象づけようとした効果とは反対のものであった。全く予期しなかった対照と比較が、二人の女性を見る青年の判断に生じることとなった。その青年は、華やかな恋人とわかれる。彼は赤ン坊をもっている女主人公のうちに
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底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
入力:柴田卓治 校正:米田進
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card3020.html)