不思議な島

作者:芥川龍之介 約11分で読めます

不思議な島を縦書きで読む(Textfall)

僕は籐の長椅子にぼんやり横になっている。目の前に欄干のあるところをみると、どうも船の甲板らしい。欄干の向うには灰色の浪に飛び魚か何か閃いている。が、何のために船へ乗ったか、不思議にもそれは覚えていない。つれがあるのか、一人なのか、その辺も同じように曖昧である。  曖昧と云えば浪の向うも靄のおりているせいか、甚だ曖昧を極めている。僕は長椅子に寝ころんだまま、その朦朧と煙った奥に何があるのか見たいと思った。すると念力の通じたように、見る見る島の影が浮び出した。中央に一座の山の聳えた、円錐に近い島の影である。しかし大体の輪郭のほかは生憎何もはっきりとは見えない。僕は前に味をしめていたから、もう一度見たいと念じて見た。けれども薄い島の影は依然として薄いばかりである。念力も今度は無効だったらしい。  この時僕は右隣にたちまち誰かの笑うのを聞いた。 「はははははは、駄目ですね。今度は念力もきかないようですね。はははははは。」  右隣の籐椅子に坐っているのは英吉利人らしい老人である。顔は皺こそ多いものの、まず好男子と評しても好い。しかし服装はホオガスの画にみた十八世紀の流行である。Cocked hat と云うのであろう。銀の縁のある帽子をかぶり、刺繍のある胴衣を着、膝ぎりしかないズボンをはいている。おまけに肩へ垂れているのは天然自然の髪の毛ではない。何か妙な粉をふりかけた麻色の縮れ毛の鬘である。僕は呆気にとられながら、返事をすることも忘れていた。 「わたしの望遠鏡をお使いなさい。これを覗けばはっきり見えます。」  老人は人の悪い笑い顔をしたまま、僕の手に古い望遠鏡を渡した。いつかどこかの博物館に並んでいたような望遠鏡である。 「オオ、サンクス。」  僕は思わず英吉利語を使った。しかし老人は無頓着に島の影を指さしながら、巧みに日本語をしゃべりつづけた。その指さした袖の先にも泡のようにレエスがはみ出している。 「あの島はサッサンラップと云うのですがね。綴りですか? 綴りはSUSSANRAPです。一見の価値のある島ですよ。この船も五六日は碇泊しますから、ぜひ見物にお出かけなさい。大学もあれば伽藍もあります。殊に市の立つ日は壮観ですよ。何しろ近海の島々から無数の人々が集まりますからね。……」  僕は老人のしゃべっている間に望遠鏡を覗いて見た。ちょうど鏡面に映っているのはこの島の海岸の市

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底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
入力:j.utiyama 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card52.html)