青年と死
作者:芥川龍之介 約7分で読めます
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すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。
――今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ――それは皆、相手がわからないのですか。 ――一人もわからないのです。一体妃たちは私たちよりほかに男の足ぶみの出来ない後宮にいるのですからそんな事の出来る訣はないのですがね。それでも月々子を生む妃があるのだから驚きます。 ――誰か忍んで来る男があるのじゃありませんか。 ――私も始めはそう思ったのです。所がいくら番の兵士の数をふやしても、妃たちの子を生むのは止りません。 ――妃たちに訊いてもわかりませんか。 ――それが妙なのです。色々訊いて見ると、忍んで来る男があるにはある。けれども、それは声ばかりで姿は見えないと云うのです。 ――成程、それは不思議ですね。 ――まるで嘘のような話です。しかし何しろこれだけの事がその不思議な忍び男に関する唯一の知識なのですからね、何とかこれから予防策を考えなければなりません。あなたはどう御思いです。 ――別にこれと云って名案もありませんがとにかくその男が来るのは事実なのでしょう。 ――それはそうです。 ――それじゃあ砂を撒いて置いたらどうでしょう。その男が空でも飛んで来れば別ですが、歩いて来るのなら足跡はのこる筈ですからね。 ――成程、それは妙案ですね。その足跡を印に追いかければきっと捕まるでしょう。 ――物は試しですからまあやって見るのですね。 ――早速そうしましょう。(二人とも去る)
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腰元が大ぜいで砂をまいている。 ――さあすっかりまいてしまいました。 ――まだその隅がのこっているわ。(砂をまく) ――今度は廊下をまきましょう。(皆去る)
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青年が二人蝋燭の灯の下に坐っている。 B あすこへ行くようになってからもう一年になるぜ。 A 早いものさ。一年前までは唯一実在だの最高善だのと云う語に食傷していたのだから。 B 今じゃあアートマンと云う語さえ忘れかけているぜ。 A 僕もとうに「ウパニシャッドの哲学よ、さようなら」さ。 B あの時分はよく生だの死だのと云う事を真面目になって考えたものだっけな。 A なあにあの時分は唯考えるような事を云っていただけさ。考える
底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
入力:野口英司
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card142.html)