将軍
作者:芥川龍之介 約25分で読めます
一 白襷隊
明治三十七年十一月二十六日の未明だった。第×師団第×聯隊の白襷隊は、松樹山の補備砲台を奪取するために、九十三高地の北麓を出発した。 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は特別に、四列側面の行進だった。その草もない薄闇の路に、銃身を並べた一隊の兵が、白襷ばかり仄かせながら、静かに靴を鳴らして行くのは、悲壮な光景に違いなかった。現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に立った時から、別人のように口数の少い、沈んだ顔色をしているのだった。が、兵は皆思いのほか、平生の元気を失わなかった。それは一つには日本魂の力、二つには酒の力だった。 しばらく行進を続けた後、隊は石の多い山陰から、風当りの強い河原へ出た。 「おい、後を見ろ。」 紙屋だったと云う田口一等卒は、同じ中隊から選抜された、これは大工だったと云う、堀尾一等卒に話しかけた。 「みんなこっちへ敬礼しているぜ。」 堀尾一等卒は振り返った。なるほどそう云われて見ると、黒々と盛り上った高地の上には、聯隊長始め何人かの将校たちが、やや赤らんだ空を後に、この死地に向う一隊の士卒へ、最後の敬礼を送っていた。 「どうだい? 大したものじゃないか? 白襷隊になるのも名誉だな。」 「何が名誉だ?」 堀尾一等卒は苦々しそうに、肩の上の銃を揺り上げた。 「こちとらはみんな死に行くのだぜ。して見ればあれは××××××××××××××そうって云うのだ。こんな安上りな事はなかろうじゃねえか?」 「それはいけない。そんな事を云っては×××すまない。」 「べらぼうめ! すむもすまねえもあるものか! 酒保の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」 田口一等卒は口を噤んだ。それは酒気さえ帯びていれば、皮肉な事ばかり並べたがる、相手の癖に慣れているからだった。しかし堀尾一等卒は、執拗にまだ話し続けた。 「それは敬礼で買うとは云わねえ。やれ×××××とか、やれ×××××だとか、いろんな勿体をつけやがるだろう。だがそんな事は嘘っ八だ。なあ、兄弟。そうじゃねえか?」 堀尾一等卒にこう云われたのは、これも同じ中隊にいた、小学校の教師だったと云う、おとなしい江木上等兵だった。が、そのおとなしい上等兵が、この時だけはどう云う訣か、急に噛みつきそうな権幕を見せた。そうして酒臭い相手の顔へ、悪辣な返答を抛りつけた。 「莫迦野郎!
底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
入力:j.utiyama 校正:かとうかおり
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card156.html)