屋上の狂人

作者:菊池寛 約13分で読めます

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人物  狂人  勝島義太郎   二十四歳  その弟   末次郎   十七歳の中学生  その父   義助  その母   およし  隣の人   藤作  下男    吉治    二十歳  巫女と称する女 五十歳位 時  明治三十年代 所  瀬戸内海の讃岐に属する島

舞台 この小さき島にては、屈指の財産家なる勝島の家の裏庭。家の内部は結いめぐらした竹垣に遮ぎられて見えない。高い屋根ばかりが、初夏の濃緑な南国の空を画っている。左手に海が光って見える。この家の長男なる義太郎は、正面に見ゆる屋根の頂上に蹲踞して海上を凝視している。家の内部から父の声がきこえる。

義助 (姿は見えないで)義め、また屋根へ上っとるんやな。こなにかんかん照っとるのに、暑気するがなあ。

(縁側へ出て)吉治! 吉治はおらんのか。

吉治 (右手から姿を現す)へえなんぞ御用ですか。 義助 義太郎を降してくれんか。こんなに暑い日に帽子も被らんで、暑気がするがなあ。どこから屋根へ上るんやろ。この間いうた納屋のところは針金を張ったんやろな。 吉治 そらもう、ちゃんとええようにしてありますんや。 義助 (竹垣の折戸から舞台へ出て来ながら、屋根を見上げて)あなに焼石のような瓦の上に座って、なんともないんやろか。義太郎! 早う降りて来い。そなな暑い所におったら暑気して死んでしまうぞ。 吉治 若旦那! 降りとまあせよ。そなな所におったら身体のどくやがなあ。 義助 義やあ、早う降りて来んかい。何しとんやそなな所で。早う降りんかい、義やあ! 義太郎 (けろりとしたまま)何や。 義助 何やでないわい。早う降りて来いよ。お日さんにかんかん照り付けられて、暑気するがなあ。さあ、すぐ降りて来い。降りて来んと下から竿でつつくぞう。 義太郎 (駄々をこねるように)厭やあ、面白いことがありよるんやもの。金比羅さんの天狗さんの正念坊さんが雲の中で踊っとる。緋の衣を着て天人様と一緒に踊りよる。わしに来い来いいうんや。 義助 阿呆なこというない。お前にとりついとる狐が誑しよるんやがなあ。降りんかい。 義太郎 (狂人らしい欣びに溢れて)面白うやりよるわい。わしも行きたいなあ。待っといで、わしも行くけになあ。 義助 そななことをいうとると、またいつかのように落ち崩るぞ。気違いの上にまた片輪にまでなりゃがって、親に迷惑ばっかしかけやがる。降りんか

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底本:「菊池寛 短篇と戯曲」文芸春秋
入力:真先芳秋 校正:大野晋
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card494.html)