俊寛
作者:菊池寛 約29分で読めます
一
治承二年九月二十三日のことである。 もし、それが都であったならば、秋が更けて、変りやすい晩秋の空に、北山時雨が、折々襲ってくる時であるが、薩摩潟の沖遥かな鬼界ヶ島では、まだ秋の初めででもあるように暖かだった。 三人の流人たちは、海を見下ろす砂丘の上で、日向ぼっこをしていた。ぽかぽかとした太陽の光に浴していると、ところどころ破れほころびている袷を着ていても、少しも寒くはなかった。 四、五日吹き続いた風の名残りが、まだ折々水沫を飛ばす波がしらに現れているものの、空はいっぱいに晴れ渡って、漣のような白雲が太陽をかすめてたなびいているだけだった。そうした晴れ渡った青空から、少しの慰めも受けないように、三人の流人たちは、疲れ切った獣のように、黙って砂の上に蹲っている。康頼は、さっきから左の手で手枕をして、横になっている。 康頼も成経も俊寛も、一年間の孤島生活で、その心も気力も、すっかり叩きのめされてしまっていた。最初、彼らは革命の失敗者として、清盛を罵り、平家の一門を呪い、陰謀の周密でなかったことを後悔し、悲憤慷慨に夜を徹することが多かった。が、一月、二月経つうちに、そうした悲憤慷慨が、結局鬼界ヶ島の荒磯に打ち寄する波と同じに、無意味な繰り返しに過ぎないことに気がつくと、もう誰も、そうしたことを口にする勇気も無くしていた。その上に、都会人である彼らに、孤島生活の惨苦が、ひしひしと迫ってきた。毎日のように、水に浸した乾飯や、生乾きの魚肉のあぶったものなどを口にする苦しみが、骨身にこたえてきた。彼らは、そうした苦痛を圧倒するような積極的な心持は、少しも動かない。彼らは苦痛が重なれば重るほど、しょげきってしまい、飯を食うほかは、天気のよい日は海浜の砂地で、雨の降る日は仕方なくその狭い小屋の中で、ただ溜息と愚痴とのうちに、一日一日を過していた。そのうちに三人とも激しい不眠症に襲われた。その中でも、神経質の康頼がいちばんひどかった。彼は、夜中眠られない癖がついてしまったので、昼間よく仮寝をする。さっきからも、横になったかと思うと、もうかすかないびきを立てている。長い間、剃刀を当てない髯がぼうぼうとしてその痩せこけた頬を掩うている。その上、褪せた唇の下端には、涎が今にも落ちそうに湛えている。 成経は成経で、妖怪に憑かれたような、きょとんとした目付きで
底本:「菊池寛 短編と戯曲」文芸春秋
入力:真先芳秋 校正:大野晋
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card1101.html)