涙のアリバイ ――手先表情映画――
作者:夢野久作 約6分で読めます
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すべて無字幕、説明なしで、手だけを中心とし、その他の物体は、手の背景としてうつす。但、生きた人間の顔は絶対に取り入れぬこと。
俳優登場
◇悪人の手……四十恰好の色の白い、指の長い、節の高い、青すじの走った毛ムクジャラ……。
……右の手の甲に大きな疵痕……。 ……左の薬指に「槻田」と彫った巨大な認印つきの指環一個……。 ……時々思い出したように、ねばっこい、ヒネクレたわななきを見せる……。
◇美人の手……綺麗な、スンナリとした、上品な中年増……。
……左の薬指に華奢なダイヤ入りと、エンゲージリングを一ツずつ……。 ……優しい心のふるえを時々あらわす……。
●女中の手……真黒く、丸々と脂切った……。
……ダラリとした無神経……。
●探偵の手……三十前後の、黒くて、強そうな……。
……頭のよさをあらわすテキパキとした動き……。
第一の場面
……贅沢な事務用机の中央の、椅子に接した三尺四方ばかり……。 ……凝った文具いろいろ……。 ……高雅な卓上電燈、写真立て、豆人形、一輪挿し、灰落しなぞをキチンと並べてある……。 ……一隅の置時計は九時十五分を示している……。 ……薄暗い窓あかりがさしている……。 ……時々自動車のヘッドライトが窓硝子に近づいては消えて行く……。
◇悪人の手登場……卓上電燈のスイッチを捻り、あたりをパッと明るくする。
……………………手袋を脱いで机の上に放り出し、続いてシガーケース、財布、名刺入れ、ハンカチその他を投げ出し、両手を揉み合わせて疲れた表情……。
●女中の手登場……珈琲と、帝劇マチネーの案内状を机の上に置いて退場……。 ◇悪人の手…………立ちながら珈琲を取り上げつつ案内状を見る。
……………………ペンを取り上げて同封の葉書の「出席」と印刷した下へ「槻田万策」と署名をして傍に置く。 ……………………やがて椅子に腰を卸し、両手を机の平面にピタリと静止させ、あたりの様子を窺うこなし…………。 ……………………電燈を消し、机の横から、大きなインキ瓶を取り出し、夕あかりに透かしつつ机の上のインキ瓶のインキを半分ばかり、大きな瓶へ注ぎ返しもとの位置に直す。 ……………………今一度あたりの様子をうかがいつつ、左右のカフスの間、その他、衣服の各所から、宝石を抓み出して、一ツ一ツインキ瓶の中に沈めおわる。 ………
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底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
入力:柴田卓治 校正:土屋隆
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card2097.html)