支那米の袋
作者:夢野久作 約43分で読めます
ああ……すっかり酔っちゃったわ。……でも、もう一杯カニャックを飲ましてちょうだいね……。 あんたもお飲みなさいよ。今夜は特別だからサア……ええ。妾の気持ちが特別なのよ。今夜は……。 ……そのわけは今話すわよ。話すから一パイお飲みなさいったら……それあトテモ恐ろしい話なのよ。……ダメダメ。いくらあんたが日本の軍人だって、妾の話をおしまいまで聞いたら屹度ビックリして逃げ出すにきまっているわよ。 ……ああ美味しい。妾もう一パイ飲むわ。へべれけになるわよ今夜は……ニチエウオ!……レストラン・オブラーコのワーニャさんを知らないか……ってね。管を巻くわよ今夜は……オホホホホホホ。……でも、あんたはその話を聞く前に、妾にいくらでもお酒を飲ましていい理由があるのよ。何故って妾はこの間から何度も何度もあんたを殺したくなった事があるんですもの……マア。あんな顔をして……ホホホホホホ。まあそんなに怖い顔をしないでもいいから一杯お飲みなさいったら、シャンパンを抜いたからサ……。 ……アラ……何故いけないの。おかしな人ねあんたは……まあ憎らしい。妾、そんな薄情物じゃないわよ。あんたを殺してお金を奪ったって、いくらも持ってやしないじゃないの。亜米利加の水兵の十分の一も持っていないこと妾チャンと知っているわよ。ホラ御覧なさい。ホホホホホ。だからそんな余計な心配をしないで一パイお飲みなさいったら……飲まなけああんたを殺したいわけを話さないからいい……寝てる間に黙って殺しちゃうから……さあ……グッと……そうよ。サアも一つ……これは妾を侮辱した罰よ。ホホホホホホホ。 今夜もそうなのよ。チョット電燈を消すから、その窓から向家の屋根を覗いて御覧なさい……ホラ、あんなに雪が斑になって凍り付いているでしょ。妾はあの屋根の雪の斑を見るたんびにあんたを殺したくてたまらなくなるのよ。……だからそのたんびにお酒を飲むの。ウオツカでも、ウイノーでも、ピーヴォでも何でもいいの。そうすると忘れちゃってね。あんたを殺すのを忘れちゃって寝てしまうから……ああ美味しい。妾もう一杯飲むわ。 ……イイエ真剣なの。ホントウに真剣なのよ。そうして今夜こそイヨイヨ本気になってあんたを殺そうと思っているのよ。だから今夜は特別なのよ……だってあんたはちょうどこんな晩に、妾を生命がけの旅行に連れ出して行った男にソックリなんですもの
底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
入力:柴田卓治 校正:土屋隆
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card2101.html)