鼻の表現
作者:夢野久作 約2時間で読めます
はしがき
「鼻の表現」なぞいう標題を掲げますと、人を馬鹿にしている――大方おしまいにお化粧品の効能書きでも出て来るのじゃないかと、初めから鼻であしらってしまわれる方が無いとも限りません。 しかし「鼻の表現」の一篇は、そんな不真面目なものではないのであります。初めからおしまい迄、「鼻の表現」なるものを、大にしては人類の盛衰、小にしては個人の死活にも関する大問題として極めて真面目に研究を進めて行ったものである事を、前以って御断り致しておきます。 それならば、この「鼻の表現」の一篇は独特の研究に依って編み出された新しい表現法であるかと云うに、これも左様でない事を御承知おき願わねばなりませぬ。 昔から人類の中には随分この鼻の表現という問題に就いて苦心研鑽を重ねた人が多いのであります。唯明らかに「鼻の表現」と銘を打って公表したり、又は直接に「これは鼻の事である」と裏書をしていないだけで、その道を得た人の多い事、そうしてこれに就いて述べてある心得の夥しい事、書物だけにしても山を築くは愚か、殆ど想像も及ばぬであろうと考えられる位であります。 それならば何故に「鼻」と名乗って研究しなかったか。又は如何なる仔細で「鼻の表現」として公表しなかったか。この仔細又は理由の在るところはこの全篇を読み終られましたならば成る程と膝を打たれるところがあるでありましょう。要するに「鼻の表現」の一篇はそれ等の受け売りであります。それ等の書物の中から必要に随って文句や意味を選み出しては綴り合わせ、綴り合わせては拾い出して、恰も一個人の意見であるかのようにして研究を進めて行ったものに過ぎませぬ。 これは一つは、今日迄に遂げられた各方面の先覚者の研究が実に到れり尽せりで、新発見のつもりで研究を進めて行っても直ぐに鼻が閊えるからで、今一つは、この研究に一々独逸式の例証を引いていたら、たった一つの問題の上に実に千百無数の各方面の説を積み上げなければならぬ事になります。それでは第一煩に堪えません。それよりも註釈をそっくりそのまま受け売りにして説明致しました方が早わかりであると信ぜられるからであります。 前口上はこれ位に致しまして、早速本論に取りかかります。
鼻の使命とは? ――懐疑と解釈のいろいろ
鏡にうつる御自分の鼻を御覧になると、御満足御不満足は別問題と致
底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
入力:柴田卓治 校正:小林徹
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card2145.html)