ブドー酒・哲学・アイスクリーム
作者:山本周五郎 約6分で読めます
ブドー酒・哲学・アイスクリームを縦書きで読む(Textfall)
書きながら飲むというようなことは、めったにしないが、酒とは親しいつきあいである。といって酒なら何でもいいというのではない、やはりぼくなりの好みがある。 若い頃からぼくは特別にブドー酒が好きだった。よくひとから、どうしてそんなにワインを好むのか、という質問をうけるのだが、特にむずかしい理由があるわけではない。その頃たまたま飲みはじめたブドー酒の酔い心地が非常によかったからである。 当時はフランスから輸入するにもたいそう時間がかかった。その上、船がどうしても赤道を通ってくるので、暑さのためによい酒はほとんど味が変ってしまう。だから、ぼくはその中でも専ら安いものを買って飲むことにしていた。その方がかえってうまかったのである。 ブドー酒を飲むというと、どうしても洒落て聞えるのでいやなのだが、ほんとうに好きというのは仕方がない。それにぼくは欲ばりだった。あるものはどうしても試してみたい。つまり飲んでみたいのである。テキラはまだ知らないが、これまで飲もうと思った酒は、だいたい飲んだといっていいだろう。 戦前、メドックなどは明治屋あたりで簡単に手に入ったが、トーケイ酒のほうはなかなかお目にかかることができなかった。手に入らないとなると、いよいよ欲しくなるものでこのハンガリー産のワインには悩まされたものである。 ところが、昨年の暮、雑誌社のひとたちが集まったとき、たまたまその日とどいた包みをあけようということになった。そこでK君が包みを解きはじめたのだが「先生、これはトーケイ酒ですよ」というのだ。トーケイ酒ときいてはぼくのほうが平静でいられなくなる。「それなら別のと替えよう」と大急ぎでとりかえてしまった。やはり、なつかしいブドー酒である。小説などで有名なこの酒も、相変らずなかなか手に入らないのである。 しかし、ヘルメスデリカワインが発売されたときにはうれしかった。実にうまいのである。日本にも、ほかにいくつか生ぶどう酒があるが、大げさでなくこのワインを造ったことは国家的に誉めてやる必要があろうとさえ思った。ヘルメスの白ワインはトーケイ酒の白よりも、事実うまいのである。(もっとも、赤については、ぼくとしてはいささかいいぶんがある。もう少し渋味がほしいのである) ブドー酒は食事のときに飲む酒であって、煙草をすうときに飲む酒とは区別しなければならない。日本もののなかには、あ
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底本:「暗がりの弁当」河出文庫、河出書房新社
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)