砂漠の町とサフラン酒

作者:小川未明 約6分で読めます

砂漠の町とサフラン酒を縦書きで読む(Textfall)

むかし、美しい女が、さらわれて、遠い砂漠のあちらの町へ、つれられていきました。疲れているような、また、眠いように見える砂漠は、かぎりなく、うねうねと灰色の波を描いて、はてしもなくつづいていました。  幾日となく、旅をすると、はじめて、青い山影を望むことができたのであります。  そのふもとに、小さな町がありました。女は、そこへ売られたのです。女自身をのぞいて、だれも、彼女のふるさとを知るものはありません。また、だれも、彼女の行方を悟るものとてなかったのであります。  彼女は、ここで、その一生を送りました。サフラン酒を、この町の工場で造っていました。彼女は、その酒を造るてつだいをさせられていたのでした。  月が窓を明るく照らした晩に、サフランの紅い花びらが、風にそよぐ夕方、また、白いばらの花がかおる宵など、女は、どんなに子供のころ、自分の村で遊んだことや、父母の面影や、自分の家の中のようすなどを思い出して、悲しく、なつかしく思ったでありましょう。  いくら思っても、考えても、かいないものならば、忘れようとつとめました。彼女は、生まれたふるさとのことを、永久に思うまいとしました。また、育てられた家のことや、村の光景などを考えまいとしました。  美しく、みずみずしかった女は、いつとなく、堅い果物のように黙って、うなだれているようになりました。人がなにをきいても、知らぬといいました。 「この女は、つんぼではないだろうか?」 「あの女は、きっとおしにちがいない……。」  そばの人々は、皮肉にも、彼女をそんなようにいいました。  彼女は、まだそれほどに、年をとらないのに、病気になりました。そして、日に、日に、衰えていきました。 「どうせ、わたしは、家に帰られないのだから……死んでしまったほうが、かえって幸福であろう。」と、彼女は思いました。  しかし、彼女は、なにも口にはいわなかったものの、胸の中は、うらみで、いっぱいでありました。どうかして、このうらみをはらしたいと思いました。  彼女は、小指を切りました。そして、赤い血を、サフラン酒のびんの中に滴らしました。ちょうど、窓の外は、いい月夜でありました。びんの中では、サフランの酒が醸されて、プツ、プツとささやかに、泡を吹く音がきこえていました。サフランの酒の色は、女の血で、いっそう、美しく、紅く色づきました。  女は、それから、

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底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)