酒屋のワン公

作者:小川未明 約5分で読めます

酒屋のワン公を縦書きで読む(Textfall)

酒屋へきた小僧は、どこかの孤児院からきたのだということでした。それを見ても、彼には、頼るものがなかったのです。  ものをいうのにも、人の顔をじっと見ました。その目つきはやさしそうに見えたけれど、なんとなく、不安な影が宿っていました。 「もしや、自分のいったことが、相手の心を傷めて、しかられるようなことはないかしらん?」と、思ったがためです。  世間の心ある親たちは、そのようすをながめたときに、「親のない子は、かわいそうなものだ。」といいました。  彼は、十二、三になりましたが、年のわりあいに脊が低かった。そればかりでなく、歩く時分、二本の短い足が内輪に曲がっているから、ちょうどブルドッグの歩くときのような姿を想像させたのでした。そのことから、いつしかだれいうとなく、「酒屋のワン公」と、呼ぶようになりました。そして、この哀れな少年の本名すら知るものがありません。彼は、ついに、いつもこのあだ名で、ワン公、ワン公と呼ばれていたのです。  この少年の足は、生まれながらにして、こんなふうに、曲がっていたのではなかったのでした。不幸な境遇は、やっと、六つか七つぐらいになった時分から、赤ん坊をおぶわせられて、守りをしたからです。そして、まだ、柔らかな足の骨は、体に過ぎた重みを与えたために曲がったのでした。  彼の歩きつきを笑う、だれがこのことを知りましょう?

しっとりとした、静かな夏の夕暮方であります。圃に立っている、とうもろこしの、大きな垂れさがった葉に腰をかけて、馬追いが、知っているかぎりの唄をうたっていました。  さわやかな風が、中空を吹きわたりました。いつ出たか、まんまるな月が、にこやかに、こちらを見て笑っていました。 「たいへんに精が出るな。」と、月はいいました。馬追いはびっくりして、二本の長いまゆ毛を動かして、声のした空を仰ぎながら、 「あのやさしい、酒屋の小僧さんが、さっきから熱心に聞いていてくれるものですから……。」と、答えたのです。  これを聞くと、月は、心配そうに、林の間から頭を振りました。ちょうど、それと同時でした。 「ワン公、晩方のいそがしいのに、こんなところで、なにを油を売っているのだ。」と、主人のどなり声がすると、つづけさまに、彼の頭をなぐる音がしました。

酒屋の白い犬が子を産みました。 「また、こんなやっかいなものを産みやがった。」と、主人

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底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)