ごんごろ鐘

作者:新美南吉 約15分で読めます

ごんごろ鐘を縦書きで読む(Textfall)

三月八日  お父さんが、夕方村会からかえって来て、こうおっしゃった。 「ごんごろ鐘を献納することにきまったよ。」  お母さんはじめ、うちじゅうのものがびっくりした。が、僕はあまり驚かなかった。僕たちの学校の門や鉄柵も、もうとっくに献納したのだから、尼寺のごんごろ鐘だって、お国のために献納したっていいのだと思っていた。でも小さかった時からあの鐘に朝晩したしんで来たことを思えば、ちょっとさびしい気もする。  お母さんが、 「まあ、よく庵主さんがご承知なさったね。」 とおっしゃった。 「ん、はじめのうちは、村の御先祖たちの信仰のこもったものだからとか、ご本山のお許しがなければとかいって、ぐずついていたけれど、けっきょく気まえよく献納することになったよ。庵主だって日本人に変わりはないわけさ。」  ところで、このごんごろ鐘を献納するとなると、僕はだいぶん書きとめておかねばならないことがあるのだ。  第一、ごんごろ鐘という名前の由来だ。樽屋の木之助爺さんの話では、この鐘をつくった鐘師がひどいぜんそく持ちで、しょっちゅうのどをごろごろいわせていたので、それが鐘にもうつって、この鐘を叩くと、ごオんのあとに、ごろごろという音がかすかに続く、それで誰いうとなく、ごんごろ鐘と呼ぶようになったのだそうだ。しかしこの話はどうも怪しい、と僕は思う。人間のぜんそくが鐘にうつるというところが変だ。それなら、人間の腸チブスが鐘にうつるということもあるはずだし、人間のジフテリヤが鐘にうつるということもあるはずである。それじゃ鐘の病院も建たなければならないことになる。  僕と松男君はいつだったか、ろんよりしょうこ、ごんごろ鐘がはたしてごんごろごろと鳴るかどうか試しにいったことがある。静かなときを僕たちは選んでいった。鐘楼の下にあじさいが咲きさかっている真昼どきだった。松男君が腕によりをかけて、あざやかに一つごオん、とついた。そして二人は耳をすましてきいていたが、余韻がわあんわあんと波のようにくりかえしながら消えていったばかりで、ぜんそく持ちの痰のような音はぜんぜんしなかった。そこで僕たちは、この鐘の健康状態はすこぶるよろしい、と診断したのだった。  また紋次郎君とこのお婆さんの話によると、この鐘を鋳た人が、三河の国のごんごろうという鐘師だったので、そう呼ばれるようになったんだそうだ。鐘のどこかに、その

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底本:「少年少女日本文学館第十五巻 ごんぎつね・夕鶴」講談社
入力:田浦亜矢子 校正:もりみつじゅんじ
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card629.html)