嘘

作者:新美南吉 約24分で読めます

嘘を縦書きで読む(Textfall)

一

久助君はおたふくかぜにかかって、五日間学校を休んだ。  六日めの朝、みんなに顔を見られるのははずかしいなと思いながら、学校にいくと、もう授業がはじまっていた。  教室では、案のじょう、みんながさあっとふりむいて久助君の方を見たので、久助君はあがってしまって、先生のところへ欠席届を出し、じぶんの席へ帰るまでに、つくえのわきにかけてある友だちのぼうしを、三つばかりはらい落としてしまった。さて、じぶんの席について読本をひらいた。  となりの加市君が、いま習っているのは十課だということを指でさして教えてくれた。もう十課まで進んだのか。久助君は、八課の「雨の養老」を習っていたとき、なんとなく左のほおが重いのに気がつき、その日から休んだのだった。  じぶんが休んで家でねていたときに、みんなは八課ののこりと九課を習ったんだなと思うと、久助君は、今ここにみんなといっしょに読本をひらいて、先生のお話を聞いていながら、みんなの気持ちとなじめないものを感じた。  そのとき、先生から指でさされて、前のほうのだれかが読本の朗読をはじめた。 「第十、稲むらの火。これは、ただごとでないと、つぶやきながら、五兵衛は家からきた……」  おや、へんだなと、久助君は思った。聞きなれない声だ。あんな声で読むのは、いったいだれだろう。そこで久助君は、本から顔をあげてみると、南のまどのそばの席で、ひとりの色の白い、セル地の美しい洋服をきた少年が、久助君の方に横顔を見せて朗読していた。久助君の知らない少年だ。  久助君はその少年の横顔を見ているうちに、きみょうな錯覚にとらわれはじめた。じぶんは、まちがってよその学校へきてしまったのではないかと、思ったのである。いや、たしかに、これは久助君の通っていた岩滑の学校の五年の教室ではない。いま読んでいる少年を、久助君は知らないのだ。そういえば先生も、なるほど久助君の受け持ちだった山口先生ににてはいるが、別人であるらしい。友だちのひとりひとりも、久助君のよく知っている岩滑の友だちとどこかにてはいるが、どうも知らない学校の知らない生徒たちだ。五日間休んで、じぶんの学校を忘れてしまい、よその学校へはいってきたのだ。これはとんでもないことをしてのけた。久助君は、そんなふうに思ったのだった。そしてすぐつぎのせつなに、やはりこれは久助君のもとの学校であるという

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底本:「牛をつないだ椿の木」角川文庫、角川書店
入力:もりみつじゅんじ 校正:ゆうこ
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card639.html)