うた時計

作者:新美南吉 約8分で読めます

うた時計を縦書きで読む(Textfall)

二月のある日、野中のさびしい道を、十二、三の少年と、皮のかばんをかかえた三十四、五の男の人とが、同じ方へ歩いていった。  風がすこしもないあたたかい日で、もう霜がとけて道はぬれていた。  かれ草にかげをおとして遊んでいるからすが、ふたりのすがたにおどろいて、土手をむこうにこえるとき、黒い背中が、きらりと日の光を反射するのであった。 「坊、ひとりでどこへいくんだ」  男の人が少年に話しかけた。  少年はポケットにつっこんでいた手を、そのまま二、三ど、前後にゆすり、人なつこいえみをうかべた。 「町だよ」  これはへんにはずかしがったり、いやに人をおそれたりしない、すなおな子どもだなと、男の人は思ったようだった。  そこでふたりは、話しはじめた。 「坊、なんて名だ」 「れんていうんだ」 「れん? れん平か」 「ううん」 と、少年は首を横にふった。 「じゃ、れん一か」 「そうじゃないよ、おじさん。ただね、れんていうのさ」 「ふうん。どういう字書くんだ。連絡の連か」 「ちがう。点をうって、一を書いて、ノを書いて、ふたつ点をうって……」 「むずかしいな。おじさんは、あまりむずかしい字は知らんよ」  少年はそこで、地べたに木ぎれで「廉」と大きく書いてみせた。 「ふうん、むずかしい字だな、やっぱり」  ふたりはまた歩きだした。 「これね、おじさん、清廉潔白の廉て字だよ」 「なんだい、そのセイレンケッパクてのは」 「清廉潔白というのは、なんにも悪いことをしないので、神様の前へ出ても、巡査につかまっても、平気だということだよ」 「ふうん、巡査につかまってもな」  そういって、男の人はにやりとわらった。 「おじさんのオーバーのポケット、大きいね」 「うん、そりゃ、おとなのオーバーは大きいから、ポケットも大きいさ」 「あったかい?」 「ポケットの中かい? そりゃあ、あったかいよ。ぽこぽこだよ。こたつがはいってるようなんだ」 「ぼく、手を入れてもいい」 「へんなことをいう小僧だな」  男の人はわらいだした。でも、こういう少年がいるものだ。近づきになると、相手のからだにさわったり、ポケットに手を入れたりしないと、承知ができぬという、ふうがわりな、人なつこい少年が。 「入れたっていいよ」  少年は、男の人のがいとうのポケットに、手を入れた。 「なんだ、ちっともあったかくないね」 「はっは、そう

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底本:「牛をつないだ椿の木」角川文庫、角川書店
入力:もりみつじゅんじ 校正:小林繁雄、門田裕志
出典:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card1753.html)