Nine 第六話

作者:コウケンド 約7分で読めます

Nine 第六話を縦書きで読む(Textfall)

角笛が鳴った。アイスレーベンの空は白く、朝の冷えが残っていた。軽騎兵連隊の吹奏楽団が街に到着したとき、石畳は夜露に濡れていた。リヒャルトは、金細工師の叔父の家の窓辺から顔を出し、通りから流れてくる音に耳を傾けていた。 朝靄のなか、ホルンがまたひと声、遠くで鳴った。すぐに、ティンパニが低く唸り、地を這う。やがて男声合唱が始まった。 ♪ われらは狩人、影より影を射る者なり 夜の森にて魔を討ち払う その一節で、リヒャルトの中の何かが目を覚ました。《魔弾の射手》――その名は、リヒャルトの記憶の底で眠っていた音楽だった。まだ彼が幼かった頃、ドレスデンの劇場で聴いたウェーバーの作品。森と銃声、恐怖と祈り。マックス、アガーテ、そしてザミエル――悪魔。 「それ、魔弾のだよ」 背後から声がした。見れば、赤毛の愛くるしい少年が窓枠の下から顔を覗かせていた。 「君も、知ってるのか」 「もちろんさ。僕、あれが大好きなんだ」 それが、エルンストとの出会いだった。 クロイツ州にある十字架教会附属学校は、石造りの静かな校舎だった。リヒャルトは12歳。エルンストは同級生だった。彼は少し背が低く、声がよく通った。目は琥珀のように澄んでいて、よく笑った。 音楽室でエルンストが笛を吹くと、リヒャルトが即興で音を重ねた。昼休みに机を並べて、リヒャルトが旋律を、エルンストが詞を書いた。 「ただ演奏するだけじゃ、足りないんだ」 エルンストはある日言った。 「僕たちで、上演しよう。《魔弾の射手》を」 「上演……?」 「そうさ、僕たちによる、僕たちだけの上演を」 「まさか......」 「あの名作、《魔弾の射手》を」 「本気なのかい?」 「うん。本気だよ。ウェーバーの想いを、ちゃんと、多くの人に伝えたいんだ。魔弾の射手は悪魔が出てくる“怖い話”だと思っている人が多いけれど、本当は違う。本当に伝えたいのは信じることなんだ」 そう言ったときのエルンストの目は輝いて見えた。リヒャルトは思った。彼の中に確かな火が灯ったのだと。 * 時を同じくして、リヒャルトは母ヨハンナからの言いつけでライプツィヒの叔父、アドルフ・ワーグナーの家にしばらく滞在することになっていた。 玄関を開けると、古本特有の焦げたような匂いが押し寄せてきた。部屋の四方が書物に埋もれ、背表紙は黒や青、革張りの重たいものばかり。リヒャルトは小さく息を呑んだ

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