Nine 第五話
作者:コウケンド 約4分で読めます
初秋の風が、ポッセンドルフの丘をなでていく。ドレスデンの南東にある小村。7歳になったリヒャルトは同地にある牧師館に預けられていた。建物の裏手にある草の斜面に、風の通り道があり、リヒャルトはそこで膝を抱えてその風の音を聞いていた。草の匂いが、どこか懐かしく感じられた。 ヴェッツェル牧師の読書室で見つけた古びた冊子は、何気なく手に取ったものだった。背表紙はすり切れ、頁の隅は茶色く巻き返っていたが、中にどことなく趣を感じる一枚の絵があった。それは、銅版画だった。岩山の上に一人の男が立っていた。肩に赤いマント。手には剣。剣先は下を向いていたが、目だけは何かを貫いていた。真っ直ぐに、光っていた。 「この人……誰ですか?」 「バイロン卿だ」 背後で、ヴェッツェル牧師が静かに答えた。 「英国の詩人だった。けれど、ギリシャのために戦った。少し変わった男でね、自分の身も名誉も作品も置いて、遠い国の自由のために命を投げ出した」 「どうして…自分の国でもないのに?」 「彼は言ったんだ。”自由を求める声に、国境はない ”と。ギリシャのことを“人類の魂の源 ”だとまで言っていたようだ。そのためなら命も惜しくないと信じていたようだ」 頁をめくると、兵士たちの中に混じってパンを分け合い、笑い合うバイロン卿がいた。馬から降り、地べたに座っていた。裸足姿で剣は伏せてある。兵士たちは彼のそのような姿を見て、信じていた。 「ギリシャの若者たちは、彼を戦士ではなく“友 ”と呼んでいたそうだ。そして、彼が亡くなったときには、街中の至るところで鐘が鳴り、いつまでも鳴り止まなかったという。彼のための、自由の鐘がな」 「……死んだ?」 「ミソロンギでな。病で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。剣ではなく、意志で戦った男だった」 言葉が沈黙に溶けたそのとき、戸口がノックもなく開き、顔を紅潮させた中肉の男が飛び込んできた。 「ドレスデンからの急報です。ガイアー氏が……倒れられたと!!」 リヒャルトは本を閉じ、息を呑んで立ち上がった。 「お母様が……すぐに戻してくれと」 空が低く感じられた。薄暗い雲がうねるように動いていた。リヒャルトは走った。麦畑の間をすり抜け、小川の橋を跳び、牧草地を横切り、ただひたすらに走り抜けた。 途中、リヒャルトは木の根に足を取られた。膝を強打し、顔面には泥がこびりついた。立ち上がると、木陰に誰