Nine 第一話

作者:コウケンド 約5分で読めます

Nine 第一話を縦書きで読む(Textfall)

腐敗した街を見るのは苦しい。路面に散らばる紙屑や砕けたガラス、ひっくり返って放置された椅子。猫か鼠かわからぬ動物の屍が裏返っている中、外には歩く人ひとり見かけない。外に出れば胸が詰まるような光景ばかりで、誰もが戸を閉ざして息を潜めていた。  ただ、家の中に閉じこもってばかりもいられない状況に、数日前からここライプツィヒは陥っていた。1813年10月16日。ドイツの真ん中にあるここライプツィヒという街に、一人の或る男がやってきた。以後、空気は変わり、地が鳴り、銃声が空を割るようになった。  その騒ぎの中、一人の母親がいた。その母親は赤子を抱きしめ、胸の奥を宥めるように囁いた。 「大丈夫、大丈夫。あなたの未来は明るいのよ」 そして目を閉じたまま、さらに語りかけた。 「リヒャルト。この戦いがいつ終わるかは、誰にもわからない。でも、私にはお前がいる。お前という、小さな光が。それだけで、私は生きていける。だから、ほんの少しだけでいい、この母に力を貸しておくれ」 ヨハンナは意を決して戸口を蹴り、腐敗した街へと駆け出した。向かう先はアウエンヴァルトの森。ライプツィヒ市街を抜けた先にあるこの森に、夫と建てた小さな木小屋がある。数週間分の食料がそこにはあり、母子は決死の覚悟で向かった。  遠くで砲声が響いた。空が割れる。間髪置かずに更に一発。家々の屋根に舞い上がる灰が、黄色みがかった霧のように空を覆った。ライプツィヒ市街はまさに戦場だった。瓦礫の下に馬の足がのぞき、銃を肩にかけた兵士たちが、顔を泥と煤で汚して駆け抜けていく。  ヨハンナはリヒャルトを胸に強く抱き、音を立てぬよう気を配りながら、瓦礫の陰から陰へと歩を進めた。焦げた油のような匂いが立ちこめ、鉄の味を含む風が頬を撫でた。  そのときだった。大地が低く唸り、空気が裂けた。そして数秒後、鼓膜を突き破る轟音が響いた。砲弾だ。壁が崩れ、辺りでは叫び声が上がる。  ヨハンナは反射的に“建物”の壁に手をついた。ぐらりと揺れる身体。次の瞬間、腕に抱いていた赤子が、手の中からすっとこぼれ落ちた。 「リヒャルト!」 時空が歪む。小さく儚いその肉体は無情にも硬い石畳の上を滑っていく。声を上げる間もなく、ヨハンナは懸命に地を這って両手を伸ばした。だが、 ――私が、、、戦のせいにしたっていい。でも、違う。私が、この子を、手放したのだ。 その場

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